言葉の暴力について

侮辱、中傷、罵詈雑言は怖ろしい。それはもちろん、言われた側も恐ろしいのだが、言った側にとっても充分に恐ろしい行為である。相手の報復感情を刺激すること、また第三者の目を引くことによって、攻撃した側が攻撃される側にまわる可能性は常にある。だが…

休むことについて

うたて此世はをぐらきを 何しにわれはさめつらむ いざ今いち度かへらばや うつくしかりし夢の夜に (松岡國男「夕ぐれに眠のさめし時」) 初夏の頃、妻の田舎の小さな神社でひとり座っていた。 辺りには人影もなく車の音もなかった。風で林が揺れていて、そ…

総体としての繁栄を願うこと

僕はリヒャルト・シュトラウスという音楽家が好きではない。 それは例えば、1933年にブルーノ・ワルターがベルリン・フィルを率いて開催する予定だった演奏会で、ナチスから脅迫の電話がありワルターが身を引かざるを得なくなるという事件のさいに、あっ…

著者の知性と対峙すること

本を読むということは、知識を得るだけではなく、著者の知性と対峙することである、というのは当たり前のように聞こえるが、では著者の知性と対峙するとは実際にどのような読み方をすればよいのか。その理想的な例は、中野孝次『ブリューゲルへの旅』(昭和…

均一本のこと

やはり一冊の本から話を始めるのがよいだろう。 それはなんの本でもよいのだが、今、たまたま手許にあるのは亀山巌の『裸体について』(昭和四十三年、作家社)である。限定五百部とうたっているが、市価は昔も今もせいぜい仕事帰りに一杯飲むていどだ。亀山…