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いま人!ブログ

いまどき真面目に人生とか人文学を考えるブログ

中世貴族とオタク

 さて先日、スカルラッティのピアノソナタについて書いたのだけれど、彼は時代的にはバロックの人であり、僕が最も頻繁に聴いているのは、もっと昔の中世・ルネサンス音楽だ。
 中世というと、やっぱり子供の頃から剣と魔法のファンタジーに憧れてきた世代である。はっきり云ってあの憧れは白人コンプレックスの一種だったんじゃないかと思う。それと出身中学が荒れていたので、切実に現実逃避を必要としていた。現実逃避をするならば、なるべく現代じゃないほうが良いし、日本じゃないほうが好都合だった。遠ければ遠いほどふと現実を思い出さなくて済むからである。それもあって、僕は昔から日本史にはあまり興味が持てないし、時代劇や大河ドラマ的なものにもほとんど関心がない。日本史に向かう人は、世界史に向かう人よりも相対的にリア充なんじゃないかと思う。

 

 中世・ルネサンス音楽。いい時代になったものである。CDでホイホイ買えるし、なんならネットで無料で色んなものが聴ける。もともと古楽は録音向きで、コンサートはロマン派向けという話はある。まあその通りなんだろう。古楽はニッチで、一定以上の集客を要求されるコンサートは成り立ちにくい。また古楽器の音はとても小さく、大きなホールでの演奏には向かない。第一、中世・ルネサンス音楽なんてオタクっぽいものは、やはりパラノイア的にディスクを蒐集し、たまに盤面を磨いたりしながら部屋で孤独に聴くのに向いているではないか。コンサートという祝祭的空間とは相反するものではないか。

 

 ルネサンスはまだしも、海外旅行的な要素が絡んでくるので若干リア充味があるが、音楽にかぎらず中世は本当にオタク的だ。そのことは、ファンタジーRPGはオタク的ということとも繋がってくる。とりわけ中世宮廷の現実逃避傾向については、ホイジンガによって生き生きと(?)描かれている。


 中世後期において、貴族階級は没落の一途を辿った。経済的には新興ブルジョワに圧され、軍事力として絶対的であった騎兵は、金拍車(エプロン・ドール)の戦い(1302)やアザンクールの戦い(1415)に代表されるような、石弓・長弓・投石器・長矛といった新戦法によって存在意義を失っていった。

 

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 金拍車(エプロン・ドール)の戦い(1302)

 

 新しい兵器=テクノロジーによって従来の戦法が無効化され、ロマンチックなものと見なされるというパターンは歴史上数多く見られる。そして、その陰には大抵、暴落する階級がいる。 

 そんななかで、なんとか権勢を回復しようとする貴族たちも当然いた。だがブルゴーニュやその文化的影響下にある宮廷(例えばサヴォワなど)は、今日から見るとひたすら幻想的な懐古趣味に走ったと云わざるを得ない。たとえ彼らの主観では決してそうでなかったとしても。

 その精神は、1454年の「雉の祝宴」のような絢爛を尽くした祝宴(この祝宴のたけなわに、フィリップ善良公はトルコ王との一騎打ちを宣言した。さすがに実現はしなかったが)、騎馬槍試合、宮廷恋愛といったアナクロニズムとして文明の徒花を咲かせることになる。

 

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  ブルゴーニュ宮廷のお歴々。これはこれで楽しそう。

 

 つまり、自身をとりまく政治的・経済的現実から目を背け、騎士道だとか崇高な愛だとか、そういう方向に現実逃避をするというのをオタク的ふるまいの本質だとすると、現代のオタクと中世の貴族は、根本においてその心性を同じくするのではないかと思うのである(こうしたオタク観は十年古い、という指摘もありうるがこれは別の機会に触れることにする)。

 僕はそうした立場を基本的に肯定したい。何より僕自身の気質がそうであるためだが自分のことはさておき、言論空間を見渡してみても、無力感からくる現状追認が支配的で、ちょっとでもユートピア的なことを語ると一笑に付される傾向があるように思う。敢えて云えばそのような「俗流現実主義」は乗り越えられるべきであり、その端緒としては、ここで述べたようなオタク的想像力が最も可能性に富んでいると思うからだ。

 

 少し話が堅くなってしまった。音楽に話を戻す。ブルゴーニュの宮廷といえば、音楽的にはフランドル派と直結している。ギョーム・デュファイやジル・バンショワ、ハインリヒ・イザーク、ヨハンネス・オケゲムジョスカン・デ・プレ、オーランド・ラッスス、他にも才能豊かな作曲家がごろごろ輩出された黄金期であり、上で述べた「雉の祝宴」でも、彼らの作品が多数演奏された。フランドル派といえば、作曲技法としてもノールダム楽派(13C)やアルス・ノヴァ(14C)といった正当的音楽を引き継いで発展させた、中世・ルネサンス音楽の頂点といっていいだろう。

 

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 ギョーム・デュファイ(1400?-1474)とジル・バンショワ(1400?-1460)


 そして一方に世俗音楽がある。こちらはあまり、作曲技法的に次世代に継承されたりはしないし、正直聴いていてちょっと野趣が強すぎると思う時もあるのだが、やはり宮廷音楽や教会音楽だけでは片手落ちであり、中世音楽を時代の全体性において享受するには、世俗音楽は欠かせない。

 

 先日はスカルラッティをダシに語ったが、結局は同じ話だった。剣と魔法の世界、西欧への憧れといったものが僕の音楽的嗜好、読書であれ酒であれ、趣味全般に通底している。しかし僕だけの話ではないだろう。日本にはファンタジー好き、そして西欧に憧れを抱く人はかなり多いだろうから、そういう人たちにはぜひ中世音楽をお勧めしたい。さっきの言論空間がうんぬんといったことは、ついでに出てきただけなので忘れてもらってかまわない(ぉぃ)。

 そう、とっても楽しいのですよ。

 

雉の祝宴 ~1454年 ブルゴーニュ公の宮廷における祝宴の音楽

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おお,フランドルは自由なり:フランドルのルネッサンス音楽

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中世の秋 (上巻) (中公文庫)

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中世・ルネサンスの音楽 (講談社学術文庫)

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