貴族たちの現実逃避

 ホイジンガの描く、晩期中世の貴族たち。現実に打ち破れ、いそいそと夢やまぼろしのような宮廷に引きこもって、絵空事に明け暮れる、その逃避のさまを愛惜するのは当然の感情のように思える。

 しかしこのシンパシーは信用に足るものなのだろうか。そうはいっても、あちらは王侯貴族であり、こちらはしがない平民ではないか。時代は各段に豊かになり、彼らの知らぬ利便快適な生活を、はるか遠くを見渡せる目や、いとも簡単に遠方へ旅することの出来る足を手にした我々とはいえ。

 

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 Jan van Eyck「Court Society in Front of a Burgundian Castle」(1425)

 

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 技術史家であるリン・ホワイトによれば、貴族階級は基本的に、騎馬戦法とともに勃興したものであるという。そうであれば、騎馬戦法が当時の新しいテクノロジーである石弓や弩によって通用しなくなった時、同時に貴族階級も没落してゆくのは宿命であったといえる。

  少し詳しく見てゆくと、リン・ホワイトの説では、騎馬戦法が実戦で役に立つようになったのは八世紀のカール・マルテル以後であった。それは東方やスキタイから鐙(あぶみ)が導入され、また同時期に鞍が発明されたためで、これによって騎兵は、馬上から槍で突いても落馬する心配がなくなったのだった。

 いわゆる重装騎兵による突進。この戦法は以降五百年にわたって、西欧世界における戦のかなめとなる。
 と同時に、馬を養うためには土地が必要になり、そのことから騎士には封土(Lehen)を与える必要が出てくる。こうして貴族階級が確立してくるというのは、おおむね信頼できる説と思われる。

 

 一〇六六年のヘイスティングスの戦いが騎兵の時代を確立したメルクマールであるならば、その騎兵の不敗神話に陰りがさすのは、一三〇二年、金拍車(エプロン・ドール)の戦いであった。
 この戦においてフランス国王軍の騎兵部隊は、フランドル諸都市の連合軍、すなわち素人の歩兵部隊から壊滅的な打撃を受ける。

 フランドル人たちがフランス騎兵の死骸のなかから美しい拍車を集め、クールトレー大聖堂の壁に飾って勝利を誇示したことから今日まで「金拍車の戦い」の名で語り継がれることとなった。
 そのときの戦の様子は次のようなものであった。

 

 最前列には矛兵が配置された。石突きを地面に突き立て、あるいは地面に埋め込み、穂先が斜め前に出るように跪いて長い柄を支えたのである。きらめく甲冑の群れが肉薄する時、歩兵はまず恐怖に耐え切れない。戦列を確保するためには、よく考えられた方法と言えよう。棍棒兵が後詰めをする。太い棒の先端に有刺鉄環をはめた、恐ろしい武器である。
 (渡邊昌美『フランス中世史夜話』)

 

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 金拍車(エプロン・ドール)の戦い

 

 そして一三四六年クレシーの戦い。ここで騎兵を破ったのは弩(クロスボウ)であった。この戦いは委細を見てゆくとそこまで一方的でもないが、騎兵の凋落を示す転換点であるとしばしば見做され、語られる。

  渡邊昌美も云うように、これらの戦いによって騎馬戦法が一夜にして無力化したというわけではない。一三八二年ローゼベックの戦いでは、フランス騎兵がフランドル歩兵にたいし報復を果たした。そうしたさいに行われる、騎士の平民にたいする殺戮の激しさ、残虐さはしばしば歴史書で目にするところである。

 

 しかし一四一四年アザンクールの戦い……仏英のあいだで行われたこの戦いによって、騎兵時代の終わりは、少なくとも方向性としては不可逆に決定づけられたと言えるだろう。

 ここで騎兵を打ち破ったのは石弓であるが、これ以降、騎兵は石弓に対抗する手段をついに見出し得なかった。

 石弓というきわめて殺傷力の高い兵器は、十一世紀半ばに行われた世界最初の軍縮会議を促した。この時、そしてこの後も度々、神の名において石弓の使用は禁じられたが、当然ながらそのような協定は何の役にも立たなかった。

 石弓は、人質をとって身代金を得るという騎士たちの戦いには馴染まぬものであった。騎士たちは言葉のうえでは戦による死を最高の名誉としていたのだが、どうやら本音では「戦で死ぬなどとんでもない!」と思っていたふしがある。


 このアザンクールの戦いにおいて、騎士道の鑑とされる通称ブシコーことジャン・ル・マングルは、英国軍の捕虜となり、そのまま祖国の土を踏むことなく没した。

 

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 アザンクールの戦い

 

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 このような時代にあって、兵器だけではなく兵法においても、騎士にはずいぶん時代遅れというか悠長な面があった。

 たとえばホイジンガによって次のようなエピソードが残されている。「勇敢な騎士たるものけっして四アルパン以上退却してはならない」(一アルパンは一・七ヘクタールという面積単位であり、距離に換算した場合は不詳)という不文律のため、うっかり宿営地である村を通り越してしまったさいにも、引き返すことを潔しとせず、そのまま何もない場所で野宿することになったという話。
 あるいは戦において最前線に就かぬのは不名誉であるとのことから、争って最前線に押し寄せたという話。また当然のことながら奇襲は卑怯者のすることであり、彼らは見通しのよい平野での真正面からの戦いを好んだ。


 どうも現実の戦いを戦っている意識が希薄なように思えてならない。彼らにとっての戦はきわめて様式的な儀礼のようなものであった、というのが真相であろう。

 

 *

 

 かくして貴族はすっかり現実嫌いになってしまった。戦だけではない。経済的そして美徳的にも彼らの時代は終わりつつあった。ブルジョアジーという新しい階級が、騒々しく利己的で無粋きわまりない(と彼らからは見える)世界をつくりあげ、徐々に水位が高まるようにして、彼らの世界へとひたひたと迫っていた。

 これは我々の知る世界ではない。そこで彼らは宮廷に引きこもり、騎士道小説を読みふけり、竜を退治して王女を救うといった空想に時間を費やした。そして騎馬槍試合や、高度に様式化された相互美化の世界である宮廷恋愛にいそしんだ。このあたりの委細は、ホイジンガ『中世の秋』が余すところなく伝えている。

  

 こうした彼らの行いを笑いたくなる気持は、たしかに沸き起こってくるのである。

 オットー・ボルストの伝える、意中の貴婦人のために敢えて己の唇を切り裂き「みつくち」となった騎士のエピソードだとか、女は女で、男の愛にこたえるために指を切り落として贈った話なども常軌を逸しているのだが、それも悲しいことに、狂気に近いロマンスを感じるというよりは、やはり滑稽な感を抱いてしまう。

 

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 Edward Burne-Jones「Saint George and the Dragon」(1866)

 

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 しかし、ここで冒頭の問いに戻ってくるのである。
 やはり彼らのしていることは、どこか我々と似ている。現代のブルジョアジー活動であるところのグローバリゼーションとネオリベラリズムによって、われわれもまた、社会の片隅に追いやられたのではなかったか。

 

 戦いにしてもそうだ。エルンスト・ユンガーは、敵との遭遇こそ真正な戦争体験であるとし、第一次世界大戦の塹壕戦を賛美した。このような文学的伝統には長い歴史があるが、遡ればまさに「名乗りを挙げて一騎打ち」するというイデアに行き着く。その後そうした遭遇が、機関砲や爆撃機によって失われ、現代ではさらに遠隔ミサイルや無人機のテクノロジーによって、完膚無きまでに失われつつあることについては論を俟たぬであろう。

 

 いにしえの美徳は嘲笑され、読書だとか、剣と魔法のファンタジー、あるいは純愛のゲームで我が身を慰める日々……というように考えると、少なくとも僕などは、さまざまな彼我の差はさておき、彼らのやっていることは自分のやっていることと本質的に同じなのではないかと思えてならないのである。

 

 そこからどのような考えが引き出せるだろうか? これについて僕は何年も考え続けている。

 ただ確信を持って言えるのは、幻想とはこのような負け組が、自らを慰めて過ごすために与えられたものであるとしても、それでも幻想を大切に抱えるべきであるということだ。

 

 そもそも人間は、負け組であることを宿命づけられている生き者だ。これについては多言を要しない。「俺は生まれてこのかた負けたことがない」などという人はごく稀にしかいないし、いたとしても大抵はおめでたいだけである。はっきり言うと人は生きているかぎり何らかの負け組に属する。

  であるならば——そう、どうせ負け組であるならば、すべてを利己的な競争ととらえて心を喪ってしまわないために、いにしえの(「幼心の」と言い換えてもよい)美徳を守り、絶望しないで生きてゆくために、やはり幻想は必要である。それがやがて抵抗の拠点になる……かどうかを語るのは今は留めておくにしても。

 

 心に幻想を抱くこと。なぜならそれすらも手放してしまうことによって、我々は本当に、何もかもを失ってしまうからだ。

 

中世の秋

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中世の風景 (上) (中公新書 (608))

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中世の風景 下 (中公新書 613)

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中世ヨーロッパ生活誌〈1〉

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中世ヨーロッパ生活誌 (2)

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フランス中世史夜話

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