やすだ 😺びょうたろうのブログ(仮)

安田鋲太郎(ツイッターアカウント@visco110)のブログです。ブログ名考案中。

商品として見た『欲望会議』(シバエリ増量中)

 

欲望会議 「超」ポリコレ宣言

欲望会議 「超」ポリコレ宣言

 

 こんにちは、安田鋲太郎です。

 『欲望会議』、話題になってますね。僕も読みました。ツイッターのタイムラインでも賛否両論、さまざまな意見が交わされています。

 さてこの『欲望会議』、識者の方々が色々言及しているなかで、一体自分に何が言えるのだろうかと考えてみたのですが、あくまで商品としてのレビューに徹するのであれば、多少は職業的知見を活かし、購入を検討している人に幾つか参考になることが云えるのではないかと思いました。

 そんなわけで今回は、商品として見た『欲望会議』について書きます。

 

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 まず『欲望会議』は、哲学者の千葉雅也、AV監督の二村ヒトシ、現代美術家の柴田英里による鼎談本です。三者とも世間に名が知られており、話題性は高いと云えるでしょう。とくにツイッターユーザーにとっては馴染みの顔ぶれと云えるのではないでしょうか。
 実際、本書で語られている内容も、タイトル通り「欲望」(ここではほぼ性欲のこと)のさまざまな現代的局面について、三者の知見を持ち寄り検討を加えたものと云えるのですが、そのさいにツイッターで話題となったトピック(例えば『ゆらぎ荘の幽奈さん』、#MeToo運動等)や、ツイッターでの性や表現物に対する議論の風潮が頻繁に参照されています。そういう「ツイ論壇臭さ」に興味が持てるかどうかというのがこの本を愉しめる一つめのポイントになるかと思います。

 ちなみに、その大きな理由は柴田氏にあり、彼女の発言、問題意識が終始一貫して全体のトーンをツイ論壇っぽくしていると云えます。これについては一概に良し悪しは云えない。たしかに近年、SNSが発端となって世界が動く場面も度々目にするし、その傾向は年々増大していると云ってもいい。けれど、一方でしょせんはツイッターの議論など蛸壺にすぎないという見方も根強く、そういう指摘にも妥当な部分はある。このへんは人によって評価が分かれるところです。

 

 また、本書を通して最も積極的に発言を行っているのも柴田氏であり、最も持ち出すトピックが多いのも彼女です。どちらかというと他の二氏は聞き役に廻っている場面が多い。

 したがって、購入を検討している人はこの「ツイ論壇臭さ」と「シバエリがセンター」という二大特徴が、自分の読書ニーズに合っているかどうかを考慮すべきでしょう。特に、彼女が日頃どのようなことを考えながら「ツイフェミ」たちと議論を交わしているのか、ということについては、ネットで眺めているだけではわからないような一定の深度のある話が繰り広げられているので、彼女に対するファンブックとして、また攻略本(アンチ向け)としても良いかも知れません(笑)

 もちろん敢えてお金を払って紙の本を買ってまでツイッターでよく見かけるようなバトルの延長線上みたいな話を聞きたいわけではない、というのは多くの人の思うところでしょう。これについては、幸いにして千葉氏と二村氏がより広いパースペクティヴに柴田氏を導いているおかげでかなり免れていると云えそうで、このような聞き手がいるからこそ、柴田氏もツイッターとは一味違った議論展開が可能であったように見えます。

 

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 また商品として見た場合、意外と情報量が多く、込み入った話をしているということは云えます。

 アンチソーシャル・セオリー、上野千鶴子のろくでなし子批判、「青少年の性行動全国調査」、《ヒュラスとニンフたち》撤去の背景、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェの炎上、レズビアン・ゲイ協会と少年愛団体の関係……といったさまざまな情報(大半は柴田氏が切り出す)の出典については、見開き2ページの左側に注で記してあり、これはたいへん参照しやすい。

 気になる発言についての出典漏れは二、三ありますが(例えばp.151「女の子であれば、初潮が始まったら、その村で一番権力のある男とセックスするんだけど、同時に、その子の永久身元引受人になる……」はどういう時代・地域の範囲の話でありなんの文献を参照しているのか?)、しかし基本的に、引用元の検討についてはオープンであると云っていいでしょう(逆に云うと柴田氏は、大半のイシューについて旗色を鮮明にしており、引用も鵜呑みに出来ない雰囲気が漂っているという話ではあるけれど)。

 

 「意外と」情報力が多く込み入った話をしているというのは、べつにナメているとかそういう話ではなく本の外観に対しての「意外と」です。

 この本の外観は重厚とは云い難い。いかにもそこらの新刊屋に並んでいるような、糊付けのB6判ソフトカバーです。出版元も角川書店という、超メジャーではあるけれどとりたててお堅いイメージのある出版社ではない。ところが実際に買って読んでみると、思ったよりもかなり知的カロリーがある。

 知人には「僕には難解だ」という人もちらほらいたので、購入を検討する方にとってちょうどいい難度かどうかという問題があるのですが、目安としてはだいたい雑誌『現代思想』の対談、あるいは宮台真司の対談本あたりを想定してもらえればよいでしょう(ということは『憂国呆談』や『酒気帯び時評』よりは若干堅い、ということです)。

 

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 その他の「商品としてのスペック」も見ておきましょう。
 ボリュームは税別1600円に対し一段組270頁、字の大きさや詰まり具合は普通~やや緩め。新刊本としては値段相応と云えるのですが、上で述べたように情報および議論の密度はあるほうなので、二度読む人も結構いるのではないかと考えると「高い」ということはないですね。
 上述のように注の配置が良いですが、目次も適度に詳しくて良いです。字体や段落処理、見出し、マージン等に変なところもない。さすがに索引はないけれどまあそれは高望みというもので、全体的にリーダビリティは優れていると云えるでしょう。

  

 内容の傾向については、わりとよく見かけて読まれている人類学や脳内物質、遺伝子、統計資料といったものを用いた性欲や性行動そのものの考察よりも、本書は性の社会的側面、つまり表現の自由やポリティカルコレクトネス、フェミニズム、セクシャルマイノリティといった問題群の検討に向かう傾向が強く、また性文化史、風俗史、民俗学への参照よりもフーコー、ラカン、ドゥルーズ、バトラーといった名前のほうが頻出します(そのあたりも好みと照合してみてください)。したがって、思い切って要約すれば「性をめぐる近年のさまざまな社会的トピック・議論について紹介し、それらについて三者の見解を提示する本」と云えます。

 

 どうしても柴田氏だけが目立つのですが、じゃあこの本のなかで千葉氏や二村氏はどうなっているのかというと、千葉氏は全体の調整をしつつ所々で現代思想の知見を示す。また彼の「アンチソーシャル・セオリー」についての問題提起(基本的にクィアであることはノー・フューチャなのではないか?)は、個人的にはこの本のなかでも最も考えさせられたくだりです。

 二村氏はAV監督としてや性被害者への聞き取りといった知見を示しつつも、隙あらばネットの神経症的議論の人たちを「傷ついている」と分析する(そんなに云ってないかも知れないが、なんかそういう印象)。

 この政治的次元を個人的な傷の次元に還元するかのように見える言説は、精神分析がよく批判を受ける「否認」のロジック、つまり「そうだといえば分析者が正しいことになるし、違うといえばなおさら分析者が正しいことになる」に似た危うさを感じるのですが、直観的には納得する部分もあるので難しい。この議論も「アンチソーシャル・セオリー」と並んで本書の眼目の一つです。それにしても、シバエリが突っ走っているのにたいして、両者ともいい人っぽさが滲み出ていてほっこりしますね。
 さてそんなわけで、

 

 ・ツイ論壇臭い

 

 ・シバエリがセンター

 

 ・見た目よりも情報量があり、難解

 

 ・読みやすさは高得点

 

 ・性についての社会的トピックの紹介という側面が強い

 

 といったあたりを、購入を検討している方は判断材料にするのがよいかと思います。 

 それでは、ここまでお読みいただき、誠に有難うございました(ブログにありがちな結び)。

 

欲望会議 「超」ポリコレ宣言

欲望会議 「超」ポリコレ宣言