やすだ 😺びょうたろうのブログ(仮)

安田鋲太郎(ツイッターアカウント@visco110)のブログです。ブログ名考案中。

2021-01-01から1年間の記事一覧

欠乏をどうするか(書評『いつも「時間がない」あなたに』)

いつも「時間がない」あなたに (ハヤカワ文庫NF) 作者:センディル・ムッライナタン,エルダー・シャフィール,大田直子 早川書房 Amazon この本は書名から時間術みたいなハウツー本だと思われがちだが、実際には時間、金銭、人間関係などの「欠乏」(SCARCITY…

クリスマス前、昔の話を少しだけ

小学生の頃、うちは貧乏だった。 服は親戚からのお貰い、晩御飯はしばしばただイモを練って焼いたものだとか具のないうどん、家は「蹴ったら倒れそうな家」とからかわれるような家。 当時、ビックリマンシールが流行っていて、友達はみんなシールのコレクシ…

祭りなき夜に、僕たちは……

0.はじめに 「電車の一駅で読めるのが理想」とされるブログとしては場違いに長くなってしまった本稿は(それにしてもめておブログのこのへんの記事 生者に取り憑く死者 めておろぎーの他者論のーと - めておぶろぐ (hatenablog.com) に比べればずいぶんささ…

かぎりなく未解決に近い事件/名誉・評判について

延慶三年(1310)夏、法隆寺の蓮城院(れんじょういん)に強盗が押し入った。 当時はこうした場合に国の警察権力が解決するということは望めず、当事者である法隆寺が捜査に乗り出したが、誰が犯人なのか皆目わからないので、周辺十七の村に「落書起請」(らく…

コミュニケーションの「二つの成功モデル」

生活や業務のための最小限の「連絡」は別とし、およそ人間関係と呼びうるものは、友人も、恋人も、すべてコミュニケーションに始まりコミュニケーションに終わることを考えると、その巧拙が人生の浮沈に与える影響には甚大なものがあると言える。会話上手に…

最後の取引き(バーゲニング)について

キューブラーロスの『死ぬ瞬間』(もっとも、On Death and Dyingという原題は死ぬ「瞬間」というより「死とその過程」というほうが正しく、改訳版の訳者も指摘するように、ロスの基本的主張は「死とは長い過程であって特定の瞬間ではない」というものである…

離婚、脳死、遡及的決定

いっとき「告ハラ」(告白ハラスメント)という言葉が流行った。いやそれほど流行ってもいないのだが、ようは告白というのは相互の好意の最終確認であって、あくまで儀礼的なものであり、ダメもと、あるいは自己満足で想いのたけをぶちまけるのはハラスメン…

『D&D』は悪魔崇拝? アメリカ社会の「サタニスト恐怖」について

高校生の頃、『D&D』(ダンジョンズ・アンド・ドラゴンズ)はアメリカでは悪魔崇拝的なゲームではないかと疑いの目で見られていると聞いて、何故そんなことになるのかまったくわからなかった。当時の僕にはアメリカ社会のことなど知るよしもなかった。 「RPG…

イヌイットのラップバトル/モラルを担保するもの

聞くところによれば、イヌイットは揉め事があったとき、歌によって決着をつける習慣がつい最近まであったらしい。 人類学者であり言語学者でもあるピーター・ファーブの伝えるところによると、イヌイットの間で紛争が起こったさい、彼らは歌に乗せて交互に相…

集団妄想について

また「ハバナ症候群」が起こったようだ。 「ハバナ症候群」は2016年以降に報告されている、アメリカやカナダの外交官がキューバや中国といった赴任先で原因不明の体調不良に襲われるという事案だが、今度は在ドイツの米当局者が頭痛と吐き気を訴えているとい…

【閲覧注意】死体から物をつくる話

さて101本目のブログなのだけど、今回は猟奇的な内容になりそうなので、そういうのが苦手な方はただちに引き返すことをおすすめする。人類の所業について、とりわけ理性の錯乱、いや錯乱的な理性とでも呼ぶべきものについて知見を広めたい方は、お読みいただ…

サイバーグノーシス主義について、その他

幾人かの、このブログを読んでくれそうな人たちの顔を思い浮かべながら書いている。 じつは、今回でこのブログも百本目になるので、ちょっとした反省をまず書いておきたい。このブログは、少々かたちを整えすぎている。そのせいで書くのも読むのも堅苦しくな…

ヒトは自然体にはなれない

哲学というのは決して「みんながそう言っているから正しい」というものではなく、むしろその正反対のものであるはずなのだが、それでも流派のまったく違う哲学的著述のなかに奇妙な一致や類似を見出すことは、たいへん刺激的なことである。ましてやそれが、…

ファントムを待つ 空想虚言の一ケース

小田晋『精神鑑定ケースブック』のなかに、他のインパクトのある事例に混ざって、ほんの数行だけ素っ気なく触れられている事例がある。 一見他愛ない話なのでさっさと書いてしまうが、小田が精神鑑定をしたその被告人は、詐欺の再犯であった。彼は水道工事請…

あの子は統合失調症?(続・あの子はいまごろどうしてる)

さて先日のブログ(「あの子はいまごろどうしてる 〈出離〉と〈懲罰〉考」)では、どうしても日常の生活秩序から逸脱してしまう女の子のことを書いた。誰にでも心当たりがあるような、職も居場所も男も定まらないあの子。言動に突飛なところがあり、何をする…

王は裁かれうるか

エドワード・ウィルフレッド・フォードハムの『反対尋問 イギリスの裁判20例』という本をぱらぱら眺めていたところ、清教徒革命の帰結であるところのチャールズ一世の裁判について載っていた。 この本はタイトル通り、歴史に残る有名な"反対尋問"についての…

人生を諦めたくなるとき

1684年フランス。政治改革を夢みる若者ジャン・バプティスト・ムーロンは、17歳の時、扇動罪により百年と一日のガレー船送りの刑を受けた。 彼は鎖につながれ、くる日もくる日も船底で櫂をこぎつづけた。 やがて年をとり、ルイ十五世によって恩赦をうけたが…

愛の挫折と扁桃炎

ヴィクトーア・フォン・ヴァイツゼッカーの『病因論研究』、というとなにやら小難しそうな書名だが、実際に読んでみると、さほど難しくはない代わりに「いったい自分は何を読まされているんだ……?」というような、ひじょうに困惑した気持ちになる。ちょっと…

あの子はいまごろどうしてる 〈出離〉と〈懲罰〉考

まず、怖い話をひとつ。 時は昭和四十年頃、所は八王子。鈴村喜平さんの娘で当時高校一年生だった喜代子さんが行方不明になった。 それからしばらく後、鈴村家では奇妙なことが起こるようになった。頻繁に石鹸がなくなるのである。誰かが盗んでゆくのだろう…

イライザへの言及

【ここは読み飛ばしてかまいません】 雑多な本を読み漁っていると、それぞれ別個の本が、同じ話やきわめて似通った話をしているのにしばしば出くわす。当ブログはそうした「あっこの話は別の本でも見たぞ」という符合から生み出されることが多いのだが、なぜ…

【愛のブログ】はと車縁起が若干おかしい件

まあそんなに目くじらを立てる話でもない、というかまったく目くじらを立ててはおらずネタとして読んでいただきたいのだが、そうだな、どこから話そうかな、とにかく、あの長野県は野沢町が誇る人気郷土玩具「はと車」を買ったんですよ。 【鳩車】 張り子,…

展示される怪奇

ナイジェル・ブランデルとロジャー・ボアの共著『世界怪奇実話集』は、なつかしの教養文庫「ワールド・グレーティスト・シリーズ」に収められ、ネットがない頃の子供たちを震えあがらせた怪奇読み物のうちの一冊である。今となってはどことなく牧歌的な幽霊…

予言、第六感、虫の報せについて

かつてロンドンに有名な手相見の女がいた。なんでも、よく当たるというのでかのウィンストン・チャーチルも彼女から助言をもらっていたという。そこで作家オスバート・シットウェルの友人であった士官たちが手相を見てもらったところ、彼女はなぜか突然、彼…

誰もが幻聴を聞くことについて

統合失調症、といえば妄想や幻覚を主な症状とする精神疾患である。長年にわたって日本を代表する精神病理学者であった中井久夫は、この統合失調症の回復期にある患者が週に一、二回、数十分から二、三時間ほど妄想や幻覚を"軽度再燃"してしまうのを何度も診…

「名誉文化」と「金持ち文化」

大学講師でありながらMMAのリングに上がったという異色の経歴を持つジョナサン・ゴットシャルは、著書『人はなぜ格闘に魅せられるのか』のなかで、およそ二百年前の決闘と、現代の刑務所のあいだには「名誉」をめぐる同質の文化がある、と論じている。 我々…

終身学習刑、認識論的引退、心の安らぎ

以前一度ブログに書いたのだが、NHKのひきこもりを扱った番組に、ひきこもりの中年男性と、六十八歳になるという母親との印象的な会話があった。 中年男性は母親に、ひきこもりについての本を読むよう促すのだが、母親は「そんな時間はない」と拒否するのだ…

論争はギャラリーに向けてするものである

思想も立場も違うさまざまな論者が、あるテーマについてだけは口を揃えたように同じことを言う場合がある。だからといってそれが〈真実〉そのものだという保証はないが、少なくとも個々のイデオロギーを超えた、あるていど普遍性のある〈見識〉を示している…

「中期的コンパ」について

孤独に人生をやっていると、ときどき、トンネルを抜けるように、雲間が晴れたように、突然なんだか素晴らしい(と思える)仲間たちに囲まれる時がある。一度に五人も十人も、男女入り乱れ、愉快かつ個性的かつ善良な仲間達が、なにかしらの場所に集い、自分…

空からお金が降ってきた? 幼少時のファフロツキーズの正体

あれは小学生の頃だ。 今は取り壊されてもうない生家の、軒先の畑で遊んでいた時、ふと見知らぬコインを拾った。それは銀色で穴がなく、大きさは百円玉程度だったが、僕が知っている百円玉とも、他のどの貨幣とも違っていた。 ふとあたりを捜すと、そこかし…

ヒトは虚構と現実の区別が苦手である/アントン症候群、その他の事例

アントン症候群、というのは2017年の報告によれば世界で28例しか報告されていない、まあ奇病中の奇病と言っていいだろう。 この症候群はひとことで言えば、失明したにもかかわらず失明したことを認識出来ない疾病である(まれに聴覚についても同じことが起こ…