1684年フランス。政治改革を夢みる若者ジャン・バプティスト・ムーロンは、17歳の時、扇動罪により百年と一日のガレー船送りの刑を受けた。 彼は鎖につながれ、くる日もくる日も船底で櫂をこぎつづけた。 やがて年をとり、ルイ十五世によって恩赦をうけたが…
ヴィクトーア・フォン・ヴァイツゼッカーの『病因論研究』、というとなにやら小難しそうな書名だが、実際に読んでみると、さほど難しくはない代わりに「いったい自分は何を読まされているんだ……?」というような、ひじょうに困惑した気持ちになる。ちょっと…
まず、怖い話をひとつ。 時は昭和四十年頃、所は八王子。鈴村喜平さんの娘で当時高校一年生だった喜代子さんが行方不明になった。 それからしばらく後、鈴村家では奇妙なことが起こるようになった。頻繁に石鹸がなくなるのである。誰かが盗んでゆくのだろう…
【ここは読み飛ばしてかまいません】 雑多な本を読み漁っていると、それぞれ別個の本が、同じ話やきわめて似通った話をしているのにしばしば出くわす。当ブログはそうした「あっこの話は別の本でも見たぞ」という符合から生み出されることが多いのだが、なぜ…
まあそんなに目くじらを立てる話でもない、というかまったく目くじらを立ててはおらずネタとして読んでいただきたいのだが、そうだな、どこから話そうかな、とにかく、あの長野県は野沢町が誇る人気郷土玩具「はと車」を買ったんですよ。 【鳩車】 張り子,…
ナイジェル・ブランデルとロジャー・ボアの共著『世界怪奇実話集』は、なつかしの教養文庫「ワールド・グレーティスト・シリーズ」に収められ、ネットがない頃の子供たちを震えあがらせた怪奇読み物のうちの一冊である。今となってはどことなく牧歌的な幽霊…
かつてロンドンに有名な手相見の女がいた。なんでも、よく当たるというのでかのウィンストン・チャーチルも彼女から助言をもらっていたという。そこで作家オスバート・シットウェルの友人であった士官たちが手相を見てもらったところ、彼女はなぜか突然、彼…
統合失調症、といえば妄想や幻覚を主な症状とする精神疾患である。長年にわたって日本を代表する精神病理学者であった中井久夫は、この統合失調症の回復期にある患者が週に一、二回、数十分から二、三時間ほど妄想や幻覚を"軽度再燃"してしまうのを何度も診…
大学講師でありながらMMAのリングに上がったという異色の経歴を持つジョナサン・ゴットシャルは、著書『人はなぜ格闘に魅せられるのか』のなかで、およそ二百年前の決闘と、現代の刑務所のあいだには「名誉」をめぐる同質の文化がある、と論じている。 我々…
以前一度ブログに書いたのだが、NHKのひきこもりを扱った番組に、ひきこもりの中年男性と、六十八歳になるという母親との印象的な会話があった。 中年男性は母親に、ひきこもりについての本を読むよう促すのだが、母親は「そんな時間はない」と拒否するのだ…
思想も立場も違うさまざまな論者が、あるテーマについてだけは口を揃えたように同じことを言う場合がある。だからといってそれが〈真実〉そのものだという保証はないが、少なくとも個々のイデオロギーを超えた、あるていど普遍性のある〈見識〉を示している…
孤独に人生をやっていると、ときどき、トンネルを抜けるように、雲間が晴れたように、突然なんだか素晴らしい(と思える)仲間たちに囲まれる時がある。一度に五人も十人も、男女入り乱れ、愉快かつ個性的かつ善良な仲間達が、なにかしらの場所に集い、自分…
あれは小学生の頃だ。 今は取り壊されてもうない生家の、軒先の畑で遊んでいた時、ふと見知らぬコインを拾った。それは銀色で穴がなく、大きさは百円玉程度だったが、僕が知っている百円玉とも、他のどの貨幣とも違っていた。 ふとあたりを捜すと、そこかし…
アントン症候群、というのは2017年の報告によれば世界で28例しか報告されていない、まあ奇病中の奇病と言っていいだろう。 この症候群はひとことで言えば、失明したにもかかわらず失明したことを認識出来ない疾病である(まれに聴覚についても同じことが起こ…
『賭博黙示録カイジ』の第一話、ヤクザの遠藤が路上に停めた車のタイヤを、カイジがバリバリに傷つける。カイジはそうやって時折、高級車を傷つけることによって不遇な身上のうさ晴らしをしているのだ。 ところが遠藤が「車がパンクしていた」と言ったとき…
「さみしいな、彼女ほしいな」みたいな感情は、彼女ができたり、一緒に暮らしたり結婚したり子どもが生まれても、変らず心の中にあるんだよな。どーもこの満たされない心の渇きみたいなものを、ずっとあり続けると認めずに外に求め始めると危ない気がする。…
「ネット論壇」にある程度コミットしていた時期があった。リプバトルもさかんにしたし、キャスで議論っぽいこともした。多少名が知られたのかどうかわからないが、全然知らない人に「ツイキャス論客」として紹介されたこともある(リンク参照)。 ronri2.web…
死については、専用の図書館が出来るほどすでに多くのことが語られているが、結局のところ、わたしたちは死について、とりわけ自らの死についてすっきり腑に落ちることはないであろう。むしろどれだけ思索し、研究し、あるいは表現しても依然として死は不可…
※注意! 本稿は心身の疾病について医学的な責任を負うものではありません。あくまでエッセイとしてお読みください。 アルガン「ピュルゴン先生が申されるには、用心しなくなったらたった三日でお陀仏だと」 (モリエール『病は気から』) 心気症、ヒポコンデ…
世間にとってとりたてて名盤というわけでもない、だが自分にとっては聴くたびに魔法のように別世界に誘ってくれる、奇跡のようなアルバムがある。 数年に一度巡り逢うそうしたアルバムは、おそらくその時その時の僕の音楽的嗜好と精神状態が渇望しているもの…
ピエール・ルジャンドルの下で博士論文を執筆し、パリ第十大学法学部教授にして法制史・宗教史から現行のフランス民法に及ぶ該博な学識で知られるジャン=ピエール・ボーは、その著書『盗まれた手の事件 肉体の法制史』のなかで、フランスの現行法のルーツと…
一九七〇年代の「ピラミッド・パワー」ブームについて、偽科学批判で知られるテレンス・ハインズは次のように回想している。 ピラミッド・パワーとは、ピラミッドの形自体が魔術的であり、神秘的なエネルギーとパワーで満たされている、という考えだ。トース…
明治十四、五年の頃、河内の生駒山の麓の住道(すみのどう)村に、辰造とお留という若くて仲睦まじい夫婦がいた。ところが夫の辰造は眼を患い、仕事に就けなくなってしまった。 生活は貧窮し、やむなくお留は奉公に出る決心をした。こうして二人はしばらくの…
二十代のころ、僕はひじょうに友達が少なく、またそのことをずっと気にしていた。友達の数を指折り数える。親指は高校時代からの親友だ。よかった、まったく友達がいないわけじゃない。 しかし、人差し指、中指と折ってゆくうちに怪しくなってくる。中指か薬…
神話学者のジョルジュ・デュメジルは、ある時、日本の文化人類学者である船曳建夫に次のように語ったという。「インドの神話では、英雄たちは四つの楽しみを持っている。それは酒、博打、女、狩猟だ」。 船曳はデュメジルに対し、「日本では"飲む・打つ・買…
人々が、オープンすぎるSNSから撤退している。 この傾向はかなり以前(おそらくはゼロ年代後半)から断続的に観測されてきたもので、わかっている人にはなにを今さらな話だが、SNSの大海で気の合う、価値観が共有できる人を見つけ、そうした人たちをブログや…
ジョルジュ・デュアメルは『未来生活の情景』において、友人に無理矢理映画を観させられたときの不愉快な体験について記している。だが、彼にとって映画が愉快だったか不愉快だったかはさしあたって問題ではない。興味深いのは、彼が次のように述べているこ…
趣味にまつわる物事をミニマルな単位に分割し、その極小のものの集合として認識すると、素のまま楽しむのとはまた違った独自の享楽が醸成されてくる。今回はそういう話です。 たとえば野球の試合。あれは完全にミニマリズムの世界だ。ミニマリズムの世界とは…
その筋ではよく知られている話ではあるが、政治学者のロバート・アクセルロッドによる「囚人のジレンマ」を使ったアルゴリズムの大会がかつて開催されていた(「囚人のジレンマ」についてわからない人はググって下さい)。その第一回は1980年に開かれ、14の…
読んでいない本について堂々と語る方法 作者:ピエール・バイヤール 発売日: 2008/11/27 メディア: 単行本 書評文としてまず最初に言っておきたいのだが、この本の評価は高い。アマゾンのレビューがもし本の内容を正しく反映するならば(もちろんそうであった…