一杯のしなそば
物書きが行きつけの大衆食堂の話を書いていると残念な気分になる。
なんというか、誰でも行く場所だし、ネタ元としてその人の専門性や個性がなにも発揮されていないというか、またそこで拾える話というのも「庶民の一風景」みたいな、ちょっと笑えたりほっこりしたりするという、粉末のポタージュみたいな美味しいっちゃ美味しいけどどうでもいいっちゃどうでもいいという以上のものになり得ないし、とにかく安易な感じがしてしまうのである。もう少しPRIDEを持っていただきたい。
さて先日、行きつけの中華料理屋にいた時の話なのだが、中3か高1くらいに見える中国人の男の子がウェイターをやっていた。
家族経営に近い店でその子もたまに見かけていたのだが、とにかくいつも元気がよく愛想もいい。「いらっしゃいませ!!」とエクスクラメーションマークは一つじゃなく二つくらいの感じで、「すぐにお持ちしますね!!」とか「ありがとうございます!!」とか常にそんな感じ。
僕はよくラーメンと飯物のセットを頼んで飯物だけを持ち帰りにするのだが、そういう時も満面の笑みで「オッケーです!!」と親切対応。お釣りを渡すときも両手で上下から包み込む、コンビニで女の子にやられるとちょっと嬉しい系のムーブをかましてくる。そして立ち去り際には「またお越しください!!!」とここではエクスクラメーションマーク三つくらいの大声になる。
座るなり「早くおしぼり持ってきてよ」みたいな感じの、ガラの悪いヤンキー達が来た時も「かしこまりました!!」とまったく躊躇を見せぬ元気対応で、やりとりしているうちにだんだんヤンキーも「おっ、サンキュー」みたいな感じになってくるという、ウェイターとしても普通に有能。つくづくよく出来た少年だなあという感じであった。
*
そんな中、少年の携帯電話が鳴った。そして相手と何か話していると思ったら
「兄ちゃんいま忙しいからダメだ!」
と。それから、
「母ちゃんも別の店で働いてるから、帰るまでガマンしろ!」と、たぶん相手は小学生くらいの妹なんじゃないかと想像するのだが、そんな感じで電話を切ってまた働く。働く。
あー、店の手伝いをするだけじゃなく、家でもきょうだいの面倒を見たりする家族想いの少年なんだろうなと、その……なんか見ていて尊いな、と思ったんですね。
目からちょっと汗が出てくるのをその時食べていた四川ラーメンの湯気でごまかしながら(まあ僕も疲れてるんですよ)、なんでこの少年はこんなふうでいられるんだろう、嫌な顔一つせずに店を手伝い、きょうだいの面倒を見て……的なことを思っていた。
この店の四川ラーメン。
この子の母親はよく店番をしていて、やはり親も超元気で声がでかく、日本語も上手いのでたまに会話をする……というより向こうから一方的に話しかけてくるのだが、とにかく自慢の息子らしく、学校の成績も優秀で、宇宙だとか科学とか生物に好奇心旺盛な、図鑑好きの子らしいというのは知っていたのだが。
なんだこの子は……神か?
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カランカランカランという戸口につけた鐘の音と「またお越しください!!!」という少年の声を背に、どうして大人はやさぐれてしまうのだろう、どうして利己的になるのだろう、どうして斜に構えるようになってしまうのか……という思いが頭を巡った、一昨日の一コマでした。