薀蓄はつらいよ
ツイッターでもブログでも薀蓄を売りにしているので、いちおう頑張って他人の知らなさそうなことを云うのだが、なんでも言えばいいというものでもない。ただ単に、
「ツチノコみたいに見えるネコの写真を投稿する“ツチネコ”というネットミームがあるんだよ」
などと言っても
「へー(だから何?)」
となってしまう。ようするに、それだけでは薀蓄ではあっても芸ではないのである。
ではどうすれば芸になるのか。そこには「なぜそれを今言ったのか」という蓋然性が必要なのだ。たとえば流行りの話題に引っ掛けるだとか。
一例を挙げれば、こちらから唐突に持ち出すのではなく、たまたまツチネコが現在進行形で話題になっているときだったら、
「そういえばネコを改変したネットミームっていえば“タコキャット”があったよね」
などとのたまうのは蓋然性があるといえる。
TACOCAT(タコキャット)。頭がネコ、胴体がタコスの怪物。スペルが回文になっており、画像のように「TACOCAT SPELLD BACKWARDS IS TACOCAT」(タコキャット 逆から読んでもタコキャット)などといわれる。双頭のタコキャットがいるのはそのためであろう。
つまりただ「これはこうなんだよ~(ドヤッ)」というだけではポイントが高くないのである。
ツチネコという先方から投げられたボールを「ネコを改変したネットミーム繋がり」としてタコキャットで打ち返すというのは、要求される薀蓄レベルが上がり、かなり芸っぽくなる。
ただツイートならこれで充分なのだが、ブログに書くとなると、さらにもう一つくらい何かを知っているほうが好ましい。
新聞記者のあいだでは「裏付けは二つ取れ」というのが業界の鉄則なのだそうだが、同様に、わざわざ他人に読ませる薀蓄コンテンツということになると、二つではなくて三つくらい同系列の知識が集合していなくては、怖れ多くも他人様の時間を奪ってはならないように思われるのである。
*
しかしこの「第三の薀蓄」というのがなかなか見つからないことが多い。僕はこの状態を「テンパイ」と呼んでいる。
たとえば中世後期ドイツの裁判所書記かつ書店経営者であるイェルク・ヴィクラム(1505-1562?) の『Rollwagenbuchlein』(邦題「道中よもやま話 近世ドイツ滑稽話集」)という本のなかに、芥川龍之介の『羅生門』とほとんど同じ話が出てくるということで先日ツイートしたのだが、いざブログに書くとなるとあと一つ類話が欲しいな、と思ってしまうのである。
イェルク・ヴィクラムの近世ドイツ滑稽話集を読んでいたら、芥川龍之介の『羅生門』と同じプロットの話(略奪をそそのかされた男が、手始めにそそのかした者から略奪する)が出てきた。
— 安田鋲太郎📚書物薀蓄系アカウント📚 (@visco110) October 29, 2019
だがヴィクラムのものには続きがある→
男は捕らえられ、「被害者が奪えと命じたから奪っただけだ」という意味の供述をする。そこで金は返さなくていいが所持品は返すようにと命じられ、被害者には「二度と略奪を他人に教唆してはならない」と厳重注意される。なんだか終りかたが平和。
— 安田鋲太郎📚書物薀蓄系アカウント📚 (@visco110) October 29, 2019
他に違う点は、
— 安田鋲太郎📚書物薀蓄系アカウント📚 (@visco110) October 29, 2019
・男と老婆ではなく傭兵二人
・二人は以前からの相棒
・餓死するほど飢えてはおらず、たんに金持ちと貧乏の差
・教唆するのは戦争での略奪
・力ずくではなく寝ている隙に盗んで逃げる
など。
似たようなことで、シェイクスピアの『ヴェニスの商人』によく似た話が、モンゴルの民話を蒐集した『オルドス口碑集』なかに出てくる。そのあらすじを僕なりに要約すると次のようなものだ。
むかし、アーナンダが何度目かの生まれ変わりのさい帝(ハーン)だった頃、彼の宮殿(ウルドゥ)のなかに一匹の雉鳩が迷い込んできた。
雉鳩は云った「帝よ、わが命をお救いください」。
帝はこれを了とし、雉鳩を台座の後ろに隠した。するとそこに猟師がやって来た。
「帝よ、雉鳩を見かけませんでしたか。私はその獲物を仕留めようと追ってきたのです」
帝は猟師に告げた。「汝は雉鳩を殺してはならない」
「しかし、きゃつはわたしの生活の糧なのです」
猟師の言うことももっともだ、と思った帝は、雉鳩を見逃す代わりに、自らの肉を雉鳩の重さと同じぶん、猟師に与えることにした。
自らの肉を刃でそいだ帝は、そのまま絶命した。
かくして帝であったアーナンダは、この功徳によって仏に生まれ変わったという。
これも「テンパイ」であって、ツモる(記事にする)ためにはもう一つ類話が必要なのである。いや僕のなかの勝手な基準ですが。
これについてはジョヴァンニ・フォレンティノによる物語集『イル・ペコローネ』(1378) のなかに『ヴェニスの商人』の原話がある、と坪内逍遥が書いているので、まあ未訳なんだがそれを確認すればブログが一つ書けるかもしれない。
こうした「テンパイ」状態になることはじつに多い。先日も、名古屋で2000年まで航行していたシャチホコ遊覧船をdisった文章を、まったく別の本から見つけて「テンパイ」になったのだが、あと一つが見つからなかった。
名古屋ディスられすぎ pic.twitter.com/m8HbTVlzlV
— 安田鋲太郎📚書物薀蓄系アカウント📚 (@visco110) November 2, 2019
全然関係ない別の本でもやっぱりdisられているシャチホコ遊覧船 pic.twitter.com/hTck9PUjn2
— 安田鋲太郎📚書物薀蓄系アカウント📚 (@visco110) November 4, 2019
まあ「見つからない」といってもわざわざ探してはいないのですが。
なぜわざわざ探さないかというと、なんというかブログのために読書してるわけじゃないというのがありまして……その、ナマイキかも知れないんですが、あくまで楽しみとして読書しているなかでたまたまツモったら記事にしたいんであって、記事にするために義務的に本を読むっていうのは、なんかこう、ガリ勉っぽいというか……目指すものとは違う気がしてしまうんですよね。
あと思うのは、概して僕は人生における知識の獲得段階として「二周目」をやっているんじゃないかということ。だから一つのトピックにつき、同じようなものを見かけるのが二度目ばかりなのであって、これが「三周目」になるとアガりまくって薀蓄ブログがバンバン書けるのではないかと。まあ二十年後にご期待ください。
*
しかしいい加減「テンパイ」状態のものばかり増えてゆくので、たまには無理して三つそろえてアガってしまおうかと思ったりもするのである。
たとえば「名前のどこかに“チノ”がつく人は血の気が多い」というネタ。
これでいうと、まずGLAの開祖である高橋信次氏の死去後、我こそは正当継承者だと主張して「千乃正法会」という団体を作った千乃裕子氏(1934-2006)が挙げられる。
本当のところ千乃裕子氏がそんなに血の気が多い人だったのかはわからないが、まあ分派活動も辞さなかったということで、ある程度はそう称するのも許されるのではないかと思う。
それから『ウエストサイド・ストーリー』の登場人物でプエルトリコ系ギャングであるチノ。
あのう、劇場公開から50年以上経っているので、いいかげんネタバレしていいっすよね……?
そう、チノは終盤に主人公を射殺するのである。殺人となれば血の気が多いと云ってかまわないだろう。チノだけにな。
さてあと一人、名前のどこかに「チノ」がつく血の気の多い人物を見つければアガリである。晴れてブログネタが一つ出来上がるわけだ。そこで思いついたのが俳人であり文筆家の千n
ウソですウソウソ! いや誰のことですか。やだなーもう。
かくして、また「テンパイ」のまま宙吊りになるネタが一つ増えたのであった……。
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なお名古屋および金鯱号を盛大にdisっているもう一つの文章は雑誌『GON!』のバックナンバーによるものであるが、残念ながらこちらは入手困難なので紹介は省略する。
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