やすだ 😺びょうたろうのブログ(仮)

安田鋲太郎(ツイッターアカウント@visco110)のブログです。ブログ名考案中。

気楽に行こうぜ、のすすめ

 

 むかしむかし、あるところに和泉元彌というたいそう人気の狂言師がおったそうじゃ。ある冬のことじゃった。元彌は大和国の公演に一刻(2時間)以上も遅れてやってきた。聞けば同じ日にテレビに出演しておったからだそうで、村人たちはそうなることがわかっていて何故ダブルブッキングをしたのか、とたいそう怒ったそうじゃ。

 ところが翌月になると、元彌は蝦夷が島で行われるはずじゃった狂言を「熱があるから」と言って取りやめにしてしまった。ところがその夜、元彌はTBSのフィギュア大会番組にあろうことかキャスターとして出演しておったのじゃ。これには和泉流の長老達も怒り、「元彌に宗家をつがせてはならない」とたいへんな騒動になったのじゃった。

 

 「むかしむかし」などと書き始めたせいでつい昔話調で書き続けてしまったが、紹介したかったのは、そのさいのビートたけしのコメントである。伝え聞くところによると、たけしは

 「もともと狂言なんて能の舞台の合間に上演されるもんで、いまで言やあ、ストリップのつなぎでやる漫才みたいなもん」

 という意味の発言をしたそうである。*1

 この発言はなかなかいいな、と思った。別に狂言をdisりたいからではない。「幕あいの時間潰し」という限りなく期待値が低いシチュエーションがいいな、と思ったのである。

 そのくらい何も期待されていないと、楽じゃないですか。だからこのブログもそういう時間潰し、何かの折に10分だけ時間を持て余したとか、そういう時に読んでもらえる、そんな気軽なブログを目指してゆきたいな、ということです。

 

 昔のエロ本には「捨てページ」があって、無名のライターたちが思うがままにアナーキーな記事を書いていた、それが逆に、時々興味深い記事を生み出すこととなったという(大半はどうやってもクソ記事だが)。そんな感じに、うんと敷居を下げて好き勝手に書けばいいじゃない……と思うと、気楽になってくるのである。

 

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 *

 

 そんなわけで「気楽さ」ということがこの記事のテーマなんですが、これについては、マイケル・フロッカーに『メトロセクシャル』という本があって、その中にとても好きな一節がある。

 

 のんびり構えて、気楽に楽しく過ごそう*2

 

 これだけだと何がそんなにいいのかわからないが、『メトロセクシャル』というのはライフスタイルを呈示する本である。日本でいうと「デキる男の流儀」みたいなジャンルに近いのだが、そういうせせこましいものとはちょっと違う。

 『メトロセクシャル』は、どちらかというと70年代後半から80年代にかけて雑誌『POPEYE』が担っていたものに近い、あるいは村上春樹系というか、シティボーイのための生活哲学、みたいな本である。「のんびり~」の前段には、こんなことが書いてある。

 

 結局のところ、メトロセクシャルは、自分の人生に責任をもたなければならないことを心得ている。生い立ちや過去や、行く先に立ちはだかる障害がどんなものであっても、人生の質を向上させるのは自分自身である。人を責め、自分を哀れむこともできれば、責任を負い、人生を自分で切り開く決心をすることもできるのだ。自分が決めることだ。それぞれが自分で決めることなのだ。*3

 

 とまあ、一冊にわたって精神面からファッション、恋愛、趣味等色々書いてあるなかで、とくに僕が気に入っている一行が上の「のんびり構えて…」であって、これがこの本の辿り着く境地なのだと云っていい。

 しかし、こういうことは何も『メトロセクシャル』が最初に言い出したわけではない。考えてみればこれは昔から言われているtake it easy(焦るな、気楽にやろう)の変奏に過ぎない。変奏に過ぎないけどまあ好き、ということである。

 

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 *

 

 そういう目で見ると、take it easyの変奏はまだまだ見つかるのである。だいたいアメ公の書いてるものの8割がたはtake it easy本だと言ってもいい……と何故かdisり調になってきたが違った、いまは賛同の文章を書いているのだった。

 例えばロジャー・ローゼンブラットという人の書いた『Rules for Aging』(邦題『だれもあなたのことなんか考えていない』)という本があって、これはもう一冊まるごとtake it easy本なのだが、冒頭からこんなふうに始まる。

 

 あなたがたとえ何を気にしていようが——なんでもないことなのです。このルールを守れば、何十年も余計に長生きできますよ。遅刻しようが、早く着こうが、それがなんだというのです。(中略)昇進しようがしまいが、賞をもらおうがもらうまいが、いい家が買えようが買えまいが、結局どちらでも同じことなのです。*4

 

 ここでいう「何十年も余計に長生きできますよ」というのは、ストレスが多いと病気になって早死にするとかそういう話でもあるけれど、思うに健康寿命」の精神版なのではないだろうか。

 何も思い悩むことなく過ごした時間こそが「生きた時間」だとするならば、確かに、常に何かを気に病んでいる人と、気楽に過ごしている人では何十年も「生きた時間」が違ってくる。そういう意味なのではないだろうか。

 

 そしてローゼンブラッドはいう。「遅刻しようが、早く着こうが、それがなんだというのです」……そう、ダブルブッキングで遅刻しようが、仮病で公演をドタキャンしながらしれっと夜にテレビ出演しようが、なんでもないことなのだ。気にするな元彌!

 いや元彌は気にしろ。

 昔の話だけど。

 

 さてオチがついたところで、幕が上がる頃合いなので、あたくしはこのあたりで失礼いたします(テンテンテンツクテンツクドンドン…

 

 

社会派くんがゆく! 激動編

社会派くんがゆく! 激動編

メトロセクシャル

メトロセクシャル

*1:このたけしの発言は、『社会派くんがゆく! 激動編』のなかで村崎百郎が述べていたものである。もしかすると「ストリップのつなぎでやる漫才みたいなもん」という部分は村崎が付け足したのかも知れないので、一応留意されたい。

*2:マイケル・フロッカー『メトロセクシャル

*3:同書

*4:ロジャー・ローゼンブラット『だれもあなたのことなんか考えていない』