やすだ 😺びょうたろうのブログ(仮)

安田鋲太郎(ツイッターアカウント@visco110)のブログです。ブログ名考案中。

集団妄想について

 

news.yahoo.co.jp

 

 ※上記リンクは、ブログ掲載時の記事が削除されていたので、加筆時点(2021年10月12日)での最新記事に張り替えたものです。

 

 また「ハバナ症候群」が起こったようだ。
 「ハバナ症候群」は2016年以降に報告されている、アメリカやカナダの外交官がキューバや中国といった赴任先で原因不明の体調不良に襲われるという事案だが、今度は在ドイツの米当局者が頭痛と吐き気を訴えているという。記事によれば、彼らはロシア関連の情報部員または外交官と見られている。
 「ハバナ症候群」の原因には諸説あって、何らかの(音波などの)謀略攻撃であるというのがアメリカやカナダの主張であり、いっぽうキューバや中国、ロシアはそのような攻撃の存在を否定している(キューバの科学者はコオロギの掻爬だと結論づけた)。

 

 真相はわかっていないが、集団心気症の類いではないかという説もある。
 集団心気症といえば女子生徒などに事例が多いが、居合わせた人が次々と体調不良(頭痛や吐き気、めまい、痙攣、過呼吸等々)を訴える現象のうち、現実に原因のないものをいう。見かけ上は食中毒のような体裁を取ることや、怪談話がきっかけとなる場合、修学旅行で戦争がらみの場所(したがって心霊スポットでもある)を訪れた時などに起こりがちであり、私見では占い遊びである「こっくりさん」が原因で起きた集団パニックも、ほぼ同類のものである。

 

 そういうものに関心があるからということは否定できないが、「ハバナ症候群」の正体もおおむねこれではないかと思う。キューバや中国、ロシアといった国々から受ける不穏なイメージ、敵地に人質状態(?)となっていることの心細さ、そして先行するケースについての風聞――といった要素を背景として、集団心気症が起きているのではないだろうか。逆に謀略だとするならば、それなりの人員や予算をかけ、また政治的リスクも顧みずに、外交官の個人的な健康を害しても得るものがまったくないのである。

 

 *

 

 どこかしら体調が悪い、あるいは病気にかかっている気がして仕方がないという心気症(ヒポコンデリー)については、僕自身もかなりその傾向があって、以前ブログに書いたことがある。

 

visco110.hatenablog.com

 

 ここで見たように、心気症というのはつまるところ誰もが持っている身体への憂慮から来る。これは人間にとっての原不安であり、したがって心気症はきっかけ次第で誰でも陥る可能性がある。そしてそのきっかけとして、たとえば僕個人の場合は母の癌による死があったわけだが、冒頭の「ハバナ症候群」ならば、(集団心気症だとするならば)得体の知れない"仮想敵国"への赴任という心細い状況が挙げられるだろう。
 上記のブログでも引用したテレンス・ハインズの文章は、心気症のメカニズムについてひじょうに適確、かつ簡潔に述べたものである。

 

 どんな時でも体のすみずみまで調べれば、少しの疼きや痛みやかゆみなどの症状を見つけることができるが、それらはいずれも普通は気にしていないし、とるに足らないものとして無視される。だがヒポコンデリーになると、こうした小さな疼きや痛みに注目し、心配し始める。「ああ、喉が痛いのはたぶんがんの徴候だ!」こんなことを考え始めると当然ながら不安に陥る。まさにその不安がたとえば動悸、胃の変調、発汗、そして微熱と言った他の徴候を生み出すのである。
 (テレンス・ハインズ『ハインズ博士再び「超科学」をきる』、以下太字は安田による)

 

 実は、ハインズがこう述べた文章には「集団ヒステリーが煽る恐怖」という題がついており、ハインズはまず個人の心気症を説明し、そこから集団ヒステリーの説明に繋げているのだが、先日のブログはあくまで個人の心気症がテーマだったので触れなかった。今回はそこも見てゆくことにしよう(なおハインズは集団妄想、集団心気症、集団ヒステリーをほぼ同義で用いている。少しずつニュアンスの違いはあるが、きわめて近しい概念であることは間違いない)。
 まず誰かが心気症を起こし、体調不良を訴える。すると、

 

 彼らは仕事仲間(あるいは学校の友達)にそのことを話す。すると聞き手は自分にも同種の小さな疼きや痛みがあることに気づく。かくして感染は広がってゆき、ついに大勢の人間が体のどこかが悪いと思うようになる。未知のものを恐れる不安な気持ちは、すでに述べたように、実際に吐き気や嘔吐などを引き起こすなど、肉体に影響を及ぼしうる。この観察可能な効果によって、出来事にかかわる人間は誰もがどこか悪いと思うようになり、未知の化学物質の毒性がその原因だとして、非難がわき起こる。一般的には、居住している建造物をよく調べてみても、なんら問題点は見つからないものである。
 (同書)

 

 かといってこうした現象のすべてが集団ヒステリーというわけではない、とはハインズも念を押している。実際に原因が見つかった例として、ハインズは1976年にフィラデルフィアのホテルで25人の死者を出したレジオネラ菌騒動を挙げている。


 ハインズは、集団ヒステリーの典型的事例としては1954年4月にシアトルで起きた騒動を挙げている。当時の市民たちは、車のフロントガラスに謎のくぼみがついているのを次々と発見した(文献によっては斑痕とも書かれている)。

 

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1954年シアトルの集団ヒステリー

 

 この前月にはビキニ環礁で水爆実験が行われており、くぼみは水爆実験により何らかの有害物質が出たためではないか、と疑った市民はパニックを起こした。他にも酸性雨の影響など幾つかの説が出たという。
 だが結局のところ、原因は未舗装の道で前の車が蹴り飛ばした小石が当たって出来た傷――つまり当時としてはきわめて自然な傷――であった。それを誰かが問題にしだしたために多くの人々にとって突然傷が現れたように思われたわけだが、背後には核兵器にしても酸性雨にしても、人々の不安がこうした妄想にエネルギーを供給していたことは、あらためて云うまでもない。

 

 *

 

 そういえば、先日ふとコンビニで買った雑誌に「橋北中学校水難事件」のことが載っていた。
 これは昭和30年に、津市の中学校で女生徒36人が水泳訓練中に次々に溺死したというたいへん悲惨な事故なのだが、当日は晴れ、女生徒たちが泳いでいたあたりは水深1m程度であり、なぜ事故が起きたのかは謎とされている。どの程度が雑誌による脚色かは知らないが(興味のある方は調べられたし)、「集団パニックとなった女生徒たちは海の中で互いにしがみつきあうという修羅場」になったそうである。
 原因については諸説あり、

 

 ・通過したばかりの台風13号による異常波が発生した

 

 ・近海を運航していた貨物船による蹴波が起きた

 

 ・この海岸では戦時中に空襲で死亡した人たちの遺体を埋めており、その霊が引き込んだ

 

 といったものも紹介されていた。最後のものについては、助かった女生徒の証言によれば

 

 水面をひたひたと黒いかたまりがこちらに向かって泳いできた。そして、先を泳いでいた友だちが一人ひとり、黒いかたまりに吸いこまるように波間に姿を消していった。
 (『昭和の謎99 2021年初夏の号』)

 

 のだという。

 

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 これも確証はないが集団ヒステリーの類いではないかと思えてならない。空襲うんぬんが関係していたかどうかとなるとちょっと都合がいい後付けのような気もするが、冒頭で述べたように、戦争がらみの場所では生徒とくに女生徒が集団ヒステリーを起こしやすい傾向があり、教師は引率するさいにそうとうに神経を使うという話を聞いたことがある。

 

 *

 

 集団妄想がさらに一段進むと、ありもしない化物や超常現象が生まれる。
 この段階がひときわ興味深いのは、そこにある種の想像(創造)力が見出されることである。しかもそれは一人の作家によってではなく、集団によって"嫌々ながらに"想像される。

 

 例えば口裂け女にしても、口が耳まで裂けているとか、「ワタシキレイ?」と聞いてくるとか、「ポマード」と三回唱えれば退散してくれるといった特徴は「誰が」作ったのか、という問いにはあまり意味がない。
 もちろん、最初に「口が耳まで裂けてるんだぜ」と言い出した人はいただろうし、最初に「ワタシキレイ?」と聞いてくるとか、最初に「ポマード」と三回唱えれば退散してくると言った人はいただろう。噂の発生地域や場所については、個人レベルまでは特定できないもののある程度明らかになっている。
 朝倉喬司によれば、口避け女は昭和53年12月はじめ、岐阜県加茂郡八百津町のある農家で母屋から少し離れた便所に向かう老婆のまえに最初に姿を現わし、驚いた老婆によって通報された。翌年2月には愛知、滋賀に行動範囲を拡大、3月には京都、岡山、広島、愛媛にまで現れるようになった。ある人いわく「口避け女は3月10日過ぎに逢坂山を越えた」云々。
 しかし、それは誰かが言い出したからそうなったというより、さまざまな風説のなかから人々が「もっともらしい」と思ったものが残った結果そうなった、というのが実態であろう。たとえば、「口裂け女を退散させるにはアーウーと三回唱えればいい」と云った人がいたかも知れないがそれは残っていないのである(「ハゲ、ハゲ」と唱えればよいという説は実際にあるが、普及してはいないようだ)。
 言ってみれば作者は淘汰のプロセスであり、そういう意味で噂のモチーフは、バリエーションを個体とする種なのだとも言える。

 

 【追記】ジャン・ハロルド・ブルンヴァンによれば、そもそもリチャード・ドーキンス自身が著書『利己的な遺伝子』において、種の進化を説明するさいにフォークロア的な変化のことをほのめかしているという。

 ブルンヴァンは、民俗学者間の会話においてしばしば都市伝説が「それ独自の生命を持っており」「新たな環境に合うよう変化」するといった進化論的なニュアンスで語られることを認めている。そのうえでブルンヴァンは、ドーキンスの意見について次のような論評を加えている。

 「彼の見解では、模倣においては誤りは避けられないものであり、原文はいつも退化する――つまり、変化するにつれてひどくなる――一方、種は時々進化する(つまり、うまく順応する)。だが、わたしは最初の格言は疑わしいと思う。というのも、語られるにつれて良くなる都市伝説もあれば、ひどくなるものもあるからだ。要は語り手の腕次第なのだ」(ブルンヴァン『赤ちゃん列車がゆく』)。

 

 私見では、口避け女は都市伝説のなかでもかなり集団ヒステリー寄りの都市伝説である。というのも、相当程度実在が信じられ、大人達を巻き込んで警察への問い合わせやパトカーの出動騒ぎ、下校の指導といった反応を呼び起こしているからだ。その背景には何らかの社会不安や緊張があろう。そうした背景の一つとして、美容整形などの「近頃の若い娘のチャラチャラした振る舞い」に対する懲罰的まなざしについては、以前に述べたことがある(以下参照)。だが、背景はこれ一つではないと思われる。

 

visco110.hatenablog.com


 *

 

 さきほど、想像(創造)力と言った。その強さスペクトラムになっていて、さほど強く働いていない事例では、原因はわからぬがとにかく体調が悪いとか、何やら霊のしわざかも知れないといった程度の話になるのだが、より想像力が働くと、泳いでいたら黒いかたまりが忍び寄ってきたというように"何か"が見えはじめ、最も強く働けば口裂け女のような立派な(?)化物が出来上がる。

 

 野田正彰は1978年6月に、自ら勤務していた病院に痙攣を起こして運び込まれてきた女子大生について書いている。彼女らの集団妄想は、単なる集団ヒステリーからなにかしらの化物、悪霊が生成されてくる過程をよく示している。

 

 彼女たちは大学の寮に住んでいる。同室だがふだんはそれほど仲がよいわけでもない美香と陽子が、昨日の夜にかぎって急に仲がよくなりはじめた。これは誰かにさせられていると二人は感じた。こわいので隣の部屋に二人で移ったが、一一時になって美香が「自分のベッドで誰かが寝ている、枕を取ってこなければならない」と言い、出ていこうとした。陽子は美香が誰かに引かれていると思い、「行っちゃダメ!」と叫んだ。二人ともそのあとはわからないという。
 二人は一〇分おきに「キャーッ、キャーッ」と悲鳴をあげ、それは三時間にわたって四階建ての寮全体に響きわたった。おびえた寮生たちは初めお祓いをしてもらおうと電話帳をめくったが、あいにく神社はのっていなかった(というより探せなかった)。それで塩を足の上に撒いたら、不思議と足が開いた。結局、大学の先生の家に電話し、救急車をよび、H病院をまわってここに来た……と言う。
 (野田正彰『泡だつ妄想共同体 宗教精神病理学からみた日本人の信仰心』)

 

 美香と陽子(いずれも仮名)だけではなく、付き添ってきた四人の女子大生も含め、大半が化物憑きに怯えていたという。彼女たちのいう「口の大きい男の化物」は、たんに謎の体調不良であるとか、海面の黒いかたまりより一段進んで、あと一押しでキャラクターを獲得し、実体化しようとしている。
 では口裂け女の他にそのような、実体化する段階まで行ってしまったものには何があるだろうか。僕が即座に思い浮かべるのは、ヴィクトリア朝末期の伝説的な犯罪者である「ばね足ジャック」だ。wikipediaによると、バネ足ジャックは

 

 「銀色の衣装に身を包み、消防士と偽り、出てきた相手に炎を吹きかけたり、ナイフで刺したりして逃走した」という。また、連続するバネ足ジャックの事件現場に駆けつけた警官は、「バネ足ジャックが数メートルの高さの壁をいとも簡単に飛び越えたらしい」と証言した。

 

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ばね足ジャック

 

 このばね足ジャックは小説やゲームの題材にもなっているようで、集団妄想による想像(創造)が「あがり」まで行ったものと思える。

 もう一例挙げるなら、1944年イリノイ州マットゥーンに出没したとされる「マットゥーンのガス魔」、通称マッドガッサーなども見事な想像力の産物であるように思う。これは夜な夜な徘徊しては住宅の窓の隙間から毒ガスを流し込む変質者とされ、住民らは家で異臭がするとか、両足の麻痺、咳、吐き気、嘔吐のような症状を相次いで訴えた。
 警察ははなからガス魔の存在に懐疑的だったが、捜査してもなんの証拠も出てこなかったので、現在では集団妄想の一種とされている。当時のメディアが報じた、目撃者の証言をもとに描いたといわれているガス魔の姿は僕にとっては大変不気味に感じるので、小さい画像を載せるに留めておく(なんかこういう絵柄って、昭和の安っぽい怪奇本の挿絵なんかにもよくあったけれど、やたら怖くないですか)。

 

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マットゥーンのガス魔

 

 マッドガッサーを描いたイラストは数多く、だんだんとガスマスクやラバースーツで全身装備したサイバーな姿に変貌してゆくのも面白い(興味のある方はmad gasser等で画像検索されるとよい)。

 

 *

 

 さて色々見てきたが、思えば神も悪魔も化物も人の心が生み出したといえばそれまでではある。だが、だからつまらぬというのではなく、その生成のプロセスや造形にもさまざまあり、その解釈にこそ、心理の学のみならず口承文芸研究なり比較説話なり文化史なり、諸学問の腕をふるう余地があるように思う。まあ、最後にまとめっぽいことを言わなければならないような気がして言ってるだけだが。

 

 偶然知った事例を並べてみたが、他にも驚くべき事例があるだろうし、これからもそうしたものが日々生み出されてゆくのだろう。好奇心はあるが、人生はあまりに短いと言わざるを得ない。

 

 最後に、今回の話題に関連すると思われる過去記事を二つ紹介しておく。
 前者は存在しないものを存在すると思い込む妄想を別の切り口から書いたものであり、後者は怪異や超常現象の正体がわかっても世界がつまらなくなるわけではない、と最後に云いたいことがはからずも今回と同じになった。よろしければどうぞ(・ω・)ノ

 

visco110.hatenablog.com

 

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