やすだ 😺びょうたろうのブログ(仮)

安田鋲太郎(ツイッターアカウント@visco110)のブログです。ブログ名考案中。

祭りなき夜に、僕たちは……

 

0.はじめに

 

 「電車の一駅で読めるのが理想」とされるブログとしては場違いに長くなってしまった本稿は(それにしてもめておブログのこのへんの記事 生者に取り憑く死者 めておろぎーの他者論のーと - めておぶろぐ (hatenablog.com) に比べればずいぶんささやかなものだが)、けっして思想オタクのオナニー使用後ちり紙の如きものではない――なお、これが文章を「かく」こととマスを「かく」ことのダブルミーニングであることについては言うまでもない――良くも悪くもその逆なのだ。むしろ僕は青臭いほどにリアルについて、人生について語りたかったのである。つねに人生を考え続ける系ブロガーなのだ。したがって僕は本稿を、とくに普段から趣味的に思想を嗜むわけではない人に向けて書いたつもりであるし、そういう人に読まれるべくあれこれの工夫を計ったつもりである(それでこんな前書きを書いてるわけだし、久々に目次もつけたったww)。

 内容は、コロナ下における各種イベントの中止とそれによる知人たちの「つらみ」について直接耳にしたことがインスピレーションとなり、それをより広いパースペクティヴで捉えるべく構造主義や民俗学、文化人類学の成果を参照しながら、われわれが置かれている困難な状況の見取り図を描くことを試みたものである。

 ところでコロナ下のわれわれの生活状況といえば、先日スラヴォイ・ジジェクが「緊急出版」と銘打った著書のなかで

 

 身体的距離が逆に他者とのつながりの密度を高めるという希望がある。今、近しい人の多くを遠ざけなければならないが、私が彼らの存在を、彼らの私にたいする重要性を、深く体験できるのは今だけなのだ。

 (スラヴォィ・ジジェク『パンデミック』)

 

 と書いている。この逆説に苦し紛れのニュアンスが否めないことは、ジジェク自身もすぐさま「この時点ですでに、皮肉めいた笑いが聞こえてくる」と続けているように自明であるが、この問題について哲学者が語るべきことは希望の現在的形態の他に一体何があるというのだろう。哲学は脳天気なお花畑であってはならないが、かといってシニカルで悲観的なことを述べていればお花畑よりもなにか高みに立ったことにもならない。

 それはそれとして、正直なところ単に「書いてるうちになんだか長くなっちゃった」という面もあり、まあ楽しく読んでいただければそれで構わないとは思う。

 

 

1.ケガレ=気が枯れる説

 

 昭和58年に行なわれた桜井徳太郎、谷川健一、坪井洋文、宮田登、波平恵美子ら(それにしても、ため息が出るほど錚々たる顔ぶれだ)による共同討議「ハレ・ケ・ケガレ」は、同テーマの考究におけるピークであったばかりでなく、戦後民俗学の指折り数える高峰の一つであったといえる。
 そこで提出された議論のなかでも、今日から見てとりわけ興味深く筆者に思えるのは「ケガレ」とは「気枯れ」であるという桜井徳太郎のかねてよりの説であった。
 気が枯れるというのは、「ハレ」と「ケ」におけるケ、つまり日々の単調な労苦が続くことによって閉塞感がつのり、鬱憤とストレスがたまって気力が枯渇し、ソウルジェムが濁った(フォロワーさんに教えてもらった表現)状態のことをいう。

 

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 そして、そのように「枯れて」(あるいは「離(か)れて」)しまった気にふたたびエネルギーを充填するために「ハレ」が要請される。

 

 桜井 ご承知のように、一種の生活のリズムというべきものがあって、それでふだんの生活が続いていくと、なんとなくマンネリ化してしまう。そこで必然的に変化を求める、あるいはけじめを求める。
 (中略)
 しかしそれはただ単に生活にけじめをつけるというだけではなくて、行事をやることによって、生の充足を実感する。つまり生命の活性化をもたらす契機になるんじゃないだろうかということ。この緩急の配置は多様であって、もちろん歳時儀礼のような小さいリズムがありますね。それからややそれを超えて展開する大きいリズムがある。さらにもっと大きなリズムがある。そういう小リズム、中リズム、大リズムというものが生活のなかにうまく配合されて、人間の生活体系が組み立てられている、ということを押さえて、それがやっぱり日本人の生活律じゃないかと考えるようになりました。
 (『現代思想 増頁特集=民俗学の変貌』所収、「徹底討議 ハレ・ケ・ケガレ」、以下太字は安田による)

 

 こうした大中小の「ハレ」の行事、イベントによって我々は魂を洗い、明日からの日常に再び堪えることが出来る。ハレ・ケ・ケガレは循環するシステムなのだ――というわけだが、これは多言を要せずとも多くの人が生活のなかで実感することではなかろうか。

 そして桜井は、田植えのことを「ケツケ」(気を着ける)といったり、飢饉のことを「ケカチ」(気が飢える、の意か)という事例がある、というように自説を固めてゆく。また語源学的なバックボーンとしては、江戸時代の国学者である谷川士清(1709-1776)が『和訓栞』のなかで、ケガレの本義は「気枯れ」でありケガレ=不浄の意味は二次的である(大意)と述べているという。
 語源については必ずしもそれが定説というわけではないが、どちらが本義でどちらが二次的であるかということはさておき、ケガレのなかに一定程度「気枯れ」のニュアンスが含まれることは間違いない。

 

 新型コロナウィルスの蔓延による生活・経済への打撃は勿論のこと、ライブなどの各種イベントが中止に追い込まれたことで、普段からそういったものを心の支えにしていた人たちがそこかしこで精神的不調をきたしているとは、友人からきわめて具体的な話としてあれこれ聞く。桜井の図式でいえば、ハレ=非日常的祝祭的イベントを奪われることで気の枯れを払拭できずに危険な水準まで溜め込んでいるということになるだろう。

 

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2.象徴秩序とカオスの弁証法Reloaded

 

 ところで、70年代以降のハレ・ケをめぐる議論は構造主義の影響下にある、と僕も定期的に寄付しているところの一流ウェブ百科辞典であるwikipediaに書かれていた。ホンマに【要出典】と言いたいところだがまあ、その指摘自体は納得のゆくもので、とくに上の桜井の議論などは現代思想を囓ったことのある者なら多少語彙を替えただけでまったく同型の議論を耳にしたことがあるはずだ。たとえば次のような。

 

 供犠の時空においては、カオスとして象徴秩序の外部に放逐されていたあのEXCÈSが一時的に導入され顕揚される。象徴秩序の構造はひとまず解消され、セミオティックな欲動の流れに乗って、ミメティックなシニフィアンの洪水が猛威をふるうだろう。このようにしてEXCÈSが処理されたあと、更新された姿で象徴秩序が再構築される。
 (浅田彰『構造と力』)

 

 余談だが『構造と力』はやはり凄い本だな、と思うのは、それ以前・以後のさまざまな本のなかに『構造と力』に書かれていたことと同型の議論をしばしば見出すことである。そもそもそのように意図された本(現代思想のチャート式入門書)だということはあるが、よほどのアンテナの広さと要点を掻い摘む能力がなければこうした芸当は不可能であろう。そんなわけで当ブログでも過去数度にわたって参照しているが、一度でも『構造と力』を読んでいると自ずとそうなってしまうのである。

 

 EXCÈSというのは、われわれと自然との原初のズレを意味する。
 当ブログでも何度か触れているが(下記リンク参照)、人間は動物と違って自然と調和していない。生まれ落ちたそのままの状態ではどうやって生きてゆけばわからない欠陥動物、E・モランの言うところのホモ・デメンス(錯乱のヒト)なので、やむなく象徴秩序をつくりあげ、その馴致により「主体化」されることによってどうにか社会生活を営んでいる。そのような人間観は(個人の心理的発達におけるラカンのモデルなどに強く見られる)構造主義の中心的パラダイムの一つである。

 

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 この構造主義のパラダイムはかなり広範な影響力を持ったようで、たとえばデュルケムの伝統に属するフランスの社会学者ジャン・デュヴィニョーの該博な祝祭論のなかにも同型のリフレインが見られる。デュヴィニョーいわく、

 

 一つの社会が維持されるということは、「自然な」ことでもないし、「正常な」ことでもない。それは、種としての動物が、解体という宇宙の攻撃によって無限に変化させられることからみても、普通の生の秩序においては一種の畸型でさえある。だから、社会とその文化は、破壊的な自然に対抗する象徴の力の総体をなすということに思いをいたさなければならない。すべての社会は、その存在のなかで死を社会化し、自然の永遠の襲撃に対抗する。その存続は、この「挑戦」に対応する象徴や形式の如何にかかっている。
 (ジャン・デュヴィニョー『祭りと文明』)

 

 動物は生まれてすぐに自分の足で立つうえに、教えられずとも(尤もライオンくらいの複雑な動物になってくると親の狩りを見て学習するということはあるが、少なくとも人間社会における「教育」のような形をとるわけではない)餌の取り方、巣をつくり異性を獲得し外敵から逃れるすべを身につける。なにより動物は突然生み落とされこの世界に属していることに対する疑問や違和感を抱かない。
 だがヒトはそうはいかない。ヒトが生きてゆくためには社会生活を営む必要がある。そしてそのためには、象徴秩序に馴致され「主体化」される――ようするに社会的自己を確立する――必要がある。
 というのはようするに、ヒトは”躾け”られてはじめて人間になるということである。山口昌男はそのような率直な言い方をしているので、浅田に比べてだいぶ話がわかりやすくなっている。

 

 すべての時代のすべての文化は、一貫して社会的結合を必要としていたということによって、何故、何時の時代にも人間は、家屋や身体のそう遠からぬ部分に脆弱な部分を作り出してきたかということは説明される。社会は、例えば躾けなどあらゆるレヴェルでの無秩序に対する儀礼的・象徴的・記号論的戦いを奨励することによって生きのびてきたのである。記号はそのための弾丸としての側面を常に持っている。
 (山口昌男『文化と両義性』)

 

 ネットのマンガで、OLが帰宅してスーツを脱ぎ捨てると途端にスライムのような軟体状の生き物になる――というような描写を見かけるが、これは上記のことをよく現わしている。その描写はたんに「疲れている」ことを意味するのではなく、誰も見ていない場所では社会的存在=人間であることをやめられることを意味している。

 こうしてみると、象徴秩序の論理とグノーシス主義は、いずれも「身体を持つ存在として産み落とされた不条理」に対する正反対のベクトルの解であるというように比較することも出来る。すなわち、そのような肉体を最終的には滅却し、それによって牢獄であるところの現世を超越し魂の裡に帰還せんとするか、象徴秩序に組み込まれることによって身体を馴致し、社会の掟を守り何らかの役割を担うことによって社会に生かされるか。むろんほとんどの人は後者を選ぶのであり、むしろグノーシス主義――少なくともその現代的形態――は後者の生き方をしている人の想念であり幻想であるという疑いがあるのだが。

 

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 いずれにせよ、我々は社会的存在としてしかるべく振る舞っている時しか「人間」ではないのである。だが悲しいかな、一見矛盾するようだが、実は泣くときや叫ぶとき、性交時の咆哮でさえ生まれ育った文化に規定されていることを我々は意識していない――このことは後でふたたび触れる。

 普段は柔和で折目正しい人物が、旅先で驚くほど傍若無人で不埒な振る舞いをする、という現象について中根千枝が『タテ社会の人間関係』で論じたことも同趣で、ややこのブログに引き付けて言うと旅先は普段その人が属している共同体外だからということであり、したがって一時的に社会的存在であることからログアウトしている状態だと言える。
 そうしたことを踏まえると、山口の次の文言も理解しやすい。

 

 文化は様々の記号を介して、「混沌」を自らのシステムの内側にとり入れようとする。一方では排除しつつも、それを文化の全体性の不可欠な部分として、人は混沌を片隅に追いやりながらも保持しておかなければならない。それは身体、家屋、居住地等々様々のレベルについて言いうることである。
 (同書)

 

 ここでは「混沌を片隅に保持する」場所としてまさに「身体、家屋、居住地等々」が名指されている。とくに身体、家屋などは、桜井のいう大中小の「ハレ」のなかの、さらに極小の「ハレ」の形態と言えるだろう。

 とにかく、毎日毎日象徴秩序に従い社会的存在をやっていてはツラいので、たまにはカオスを呼び戻してはっちゃける。これが「ハレ」の現代思想的語彙、すなわち祝祭における蕩尽(バタイユ)であるとかあるいは放埒(カイヨワ)、聖なる時(エリアーデ)といったものである。そこでは破壊的ともいえる浪費と性的・暴力的エネルギーの解放、秩序の転倒が繰り広げられ、鯛やヒラメが舞い踊り、お鍋のなかからインチキおじさんが登場し、セミオティックな欲動の流れに思わずミメティックなシニフィアンも猛威を振るったりするわけである。
 この「セミオティックな~」のくだりで浅田はクリステヴァを意識しており、「セミオティックな欲動」とはまさに象徴(シンボリック)秩序を形成する以前の、むしろそこから意味が生成されるような始原の場における欲動を指す。以下「ミメティックなシニフィアン」もミメーシス論的なコンテクストはあるのだろうが、さすがにこの書きっぷりは若気の至りなのではないかと思える。

 

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 あるいはまた中世ヨーロッパの「サバト」――ただしミシュレによる、実証的にはわりと苦しい解釈における――もそのような機能を持っており、現代のライブイベントは基本的にサバトの機能を受け継いでいるというようなことは以前にも書いた。

 

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 ここに一つ付け加えるとすれば、デュヴィニョーによれば、いわゆる「サバト」や「黒ミサ」を氷山の一角とする文明にとっての非公認の儀礼は、当記事におけるハレ=祭り的なもの、すなわち「ふたたび、失われた幻影としての文化をつくりだし」「生き生きとした人間性のなかでみずからを保持」せんとするものであり、例えばかつての南アメリカにおける黒人奴隷たちの儀礼における忘我や憑依現象を通じて、そのような効果が発揮されたという。次節ではだいぶ悲観的な論旨になるので、ここではそうしたハレ=祭りがもつエンパワーメントの力、それは確かにあるのだとひとまず噛みしめておこう。

 

3.個別的性愛は設計を超えうるか

 

 だがこのようなハレ=祭りは、より高次のパースペクティヴから見ると秩序の保全に奉仕するものであることは言うまでもない。浅田はいう。

 

 こうしてみると、必然的に外部を伴わざるをえない象徴秩序は、トーテミスムと並んで、周期的な祝祭による過剰の処理というメカニズムを備えることによってはじめて、永く秩序を維持していけるのではないだろうか?
 (浅田彰『構造と力』)

 

 たったいま筆者は、秩序の保全に「寄与する」のではなく「奉仕する」のだと書いた。というのも、浅田の記述はどちらかといえば「寄与」、象徴秩序と我々のwin-winの関係であるとも読めるが、これに関してはより厳しい見方があり、どちらかというとそちらのほうに説得力を感じるからだ。

 というのも、このように祭りをパンと闘技場(panem et circenses)における闘技場、或いはあらゆる革命家が苦々しく述べるところの「民衆のガス抜き」と見做すのは、構造主義以前の(文化人類学的語彙でいえば)機能主義的説明の段階に留まるからである。この段階であれば、少なくとも「祭りはわれわれのために存在する」と言うことが出来る。革命家以外、あるいは宮台真司の語彙でいえば「内在系」の人はこれで満足するだろう(内在系/超越系という人間の二類型については下記記事を参照のこと)。

 

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 だが実体は、われわれこそが祭りのメカニズムに服従し、駆り立てられているとしたらどうだろうか?
 そのような「祭り」観を記述したのはかつての上野千鶴子であった。それを構造主義的な祭り観と呼ぶべきかどうかはわからないが、ともあれ彼女によれば
 
 事実は、祭りの場における日常性の逆転は、望まれたものというよりは強いられたものとしての性格を色濃く持っている。祭りの中ではタブーは、侵犯されなければならないのだし、役割は逆転されなければならない。聖性はそのようにしてしか、作り出されることがないからである。祭りが個人の「精神的福祉」に、あるいは社会の統合に資することがあるとしても、それは二次的なことがらである。
 (上野千鶴子『構造主義の冒険』)

 

 というのである。さらにいわく、

 

 祭りをリオのカーニバルのようなオルギー(狂騒)において捉えようとする人々は、祭りの機能主義的解釈に傾きやすい。だがオルギーは、祭りの一側面にすぎず、祭りには厳格な儀式や禁忌が伴う。日常生活は一定のコードによって成り立っているが、祭りはそのコードを否定することによって成り立っているのではない。祭りはより高次の、より洗練された、より究極的なコードから成っている。コードの不在ではなく、よりすぐれたコードの存在だけが、共同的な感情の表出を可能にする[Grainger,1974]。祭りはコードの集合であり、そのコードはすぐれて社会的発明なのである。
 (同書)

 

 先ほど「泣くときや叫ぶとき、性交時の咆哮でさえ生まれ育った文化に規定されている」と述べたが、そのことについては、上の文に続けて上野が「コードは桎梏であるどころか、人間はコードを介してしかメッセージの表現や伝達ができないのであり、コードを欠いた音声は、コトバではなくただの吠え声になってしまう。泣いたり笑ったりするのにさえ、その民俗固有のコードが必要なのである」と述べているのだった。

 この立場に立つならば、象徴秩序はわれわれの個室のみならず、言語中枢や身体制御中枢まで果てしなく追いかけてくることになる。ラッパーYoutuberのブライアンは「妬みや嫉みはシカトすれば問題ない、他人が吠えてる声はベッドにゃ届かない」と歌ったが象徴秩序はベッドまで届いてしまうのである。恐ろしいことだ。そして華麗に伏線回収。

 思えば桜井徳太郎の話は、われわれの気の充填のために「ハレ」があることを前提にしているぶんまだ楽観的であった。だがここまで来ると、われわれの気の充填は「二次的なことがら」にすぎず、ハレ=祭りの支配的な側面が前面に押し出されてくるのである。

 これを読んで、筆者は映画『マトリックス・リローデット』のあるシーンを思い出した。
 そこでは設計者(アーキテクト)なる人物が主人公ネオの前に現れ、ネオのような「救世主」がときおり出現することはプログラムの瑕疵による「予測可能な」帰結であり、ザイオンのような外部の想定もまた、マトリックスのシステムの保全のために設計されていたことが明かされる。

 

 ここではじめて、ネオの位置づけがはっきりする。選択させることで安定を得るマトリックス世界は、しかし選択の不確実性ゆえに、一定頻度のアノマリーを生む。これが蓄積・統合された存在が「救世主」なのだという。救世主の存在意義は、自らの特異な性質に基づいてマトリックスのプログラム・ソースを書き換え、リロードすることで、アノマリーの性質も組み込みながらマトリックスのバージョンアップを行なうことだ。
 (『現代思想 特集:マトリックスの思想』所収、斎藤環「象徴界と「選択」について」)

 

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 なんとも気の滅入る話ではないか。

 だがこのシーンを論じた斎藤環はいう。「救世主」はアーキテクトによってさらなる「究極の選択」(マトリックスのソースを書き換え人類を救うか、トリニティを救出するためにもとの世界に帰還するか)を迫られるのだが、実際には「救世主」はおおかた人類を救うほうを選ぶことが予測されており、じじつ代々の「救世主」はすべてそちらを選んできたのだが、七番目の「救世主」であるネオに至ってはじめて、彼らの予測を裏切る選択(トリニティを救うために元の世界に帰還する)を行ったことにより、彼の存在はプログラムに従わない現実的性質を徐々に帯びる。

 それは「性愛の力によって、三界のいずれにも所属しない、リアルな存在になること」「性愛の固有性が情報化に抵抗する」ことであると述べ、斎藤はそこに一縷の希望を見出している。
 あるいは同特集における長原豊の論考(「「作物」栽培学 残酷な記憶術」)も、アーキテクトとネオのやりとりを精緻に分析するなかで、このようなネオの選択(一般的な愛ではなく、一対一の愛を択ぶこと)は「つねにすでに一般解に入れ子状に嵌入している特殊解」などではなく「個別具体において生起する普遍的な愛」なのだと評している。

 たしかに性愛の固有性、個別具体の愛という例を取ってみると、なにかしらそこには、設計されていることと一回かぎりの生で自由を手に掴むこととが両立するような契機が垣間見えるようにも思える。これはまるで、

 

 生きる時を手にしよう、

 自由に生きる時を、恋人よ。

 計画もたてず、慣習に縛られることもなしに、

 僕らの生を夢みよう。

 さあ、ここへおいで、

 僕はお前だけを待っている。

 全ては可能。

 全ては許される。

 (Le temps de vivre:山縣熙訳)

 

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 という、エジプト・アレクサンドリア出身のギリシャ系セファルディムユダヤ人(フランス国籍)のシンガーソングライター、ジョルジュ・ムスタキのフランス五月革命を讃えたとされる歌「生きる時」(le temps de vivre)を彷彿とさせるではないか。
 だが正直に言うと、筆者はこうした方向性に心動かされないではないが、彼らの論旨にはあまり納得していない。いや『マトリックス・リローデット』に対する批評としては妥当なのかも知れないが、なんというか「性愛の固有性」「個別具体の愛」というのはそんなに大層なものなんだろうか。それこそ昔、共産党員の知人がそのような性愛革命主義(?)を揶揄して

 「これが俺たちの夜の革命だあっ! パコパコパコパコパコパコパコパコ……ってわけ」

 

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 と言っていたが、実際そのくらいのもんではないかと思う。

 「自由を感じる」ことと「自由になる」ことはイコールではない。したがってルネ・ネリ『文明とエロティック』冒頭の有名なテーゼ、

 

 肉体行為とその到達点たる生理的愉悦には、さして多くの種類があるわけではない。しかし、そこに付加され、場合によってはそれと置き換えられる解釈、神話、幻影となると、事情は大いに異なる。

 

 というのは、逆も言えるわけである。すなわち、

 

 性愛に付加され、場合によってはそれと置き換えられる解釈、神話、幻影はじつに多様である。しかし、肉体行為とその到達点たる生理的愉悦には、さして多くの種類があるわけではない。

 

 話をハレ=祭りに戻せば、祝祭空間において性的エネルギーが解放されたことについては国の内外を問わず多くの記録の語るところであり、そこで性愛パートナーを見つけることが出来ればかなり嬉しいには違いない。だがだからといって、それ自体に特別な意味やなんらかの脱出速度(Escape Velocity)が付与されるわけではない、と思うよ。

 

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 これから見てゆくのだが、近代社会においてはそもそものハレとケの転換、象徴秩序とカオスの弁証法じたいが成立しにくくなっているのである。現状はもっと複雑かつ困難なのだ。

 

4.それは柳田國男がすでに通過した場所だッッ

 

 さて70年代以降のハレ・ケ・ケガレをめぐる議論が構造主義の影響下にあるという点は以上見てきたとおりだが、しかしそういう話でいえば、近代におけるハレ・ケ概念の再発見の端緒となった柳田國男のテクストにすでに構造主義的あるいはポスト構造主義的な論点の多くが出揃っているように思う。

 たとえば浅田は象徴秩序が「完結した共時的構造」を標榜する、つまりいつからそれが存在するのか、それがどのように変化してゆくのかといった歴史性を隠蔽する傾向があり、それこそが他でもない構造主義の「イデオロギー」であると指摘している。確かにフランスでも、ソシュール以後の言語学者たちが「その対象から歴史の次元を捨て去って、ソシュールのいわゆる共時態の概念を開発することにつとめていた」(A・J・グレマス「構造と歴史」)のであり、それがのちに「言語学および構造主義的認識論一般において通時態への関心が増していく」(同)なかでどのように歴史性との折衷を計ってゆくか、というのは当時大きな課題だったのだが、柳田もまたハレ-ケの諸相を過去と現在の比較を通して検討し、来たるべき未来を読み解こうとする通時的分析を志していた。そうした視点はたとえば『明治大正史 世相篇』に顕著なのだが、これはのちの民俗学において受け継がれず、ハレ-ケ概念があたかも永劫普遍の分析ツールであるかのように扱われている、という指摘がある。あたかも柳田國男が構造主義の弱点を見抜いているかのようである。

 さらには『構造と力』における近代社会論、こんにちとなっては象徴秩序とカオスの闖入といった弁証法自体が機能不全を起こしていること――に対する指摘ですら、すでに柳田のなかに十全に先取りされていると筆者には思える。具体的に見てゆこう。


 柳田は、先にも述べたように『明治大正編 世相史』においてハレ-ケをめぐる通時的分析を試みている。そして彼が挙げる幾つもの例は、端的に言えば「昔ははっきりとしていたハレ/ケの区分が今は曖昧になっている」ことを示しているのである。

 例えば服装でいえば、元来は結婚式や葬礼などの限られた場でのみ着られた「白」が、現在では台所の前掛けに用いられるくらい日常的になったという。その理由は、

 

 一つには異なる外国の風習の、利あって害なきことを知ったからでもあるが、それよりも強い理由は褻と晴の混乱、すなわちまれに出現するところの昂奮というものの意義を、だんだんに軽く見るようになったことである。実際現代人は少しずつ常に昂奮している。そうしてやや疲れて来ると、始めて以前の渋いという味わいを懐かしく思うのである。
 (『柳田國男全集26』所収「明治大正史 世相篇」)

 

 という。

 

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 また別の箇所では、かつては見知らぬ志士が膝を交えて同じ仕事をする、その緊張感を和らげるために酒の力が必要とされた――ゆえに酒は晴(ハレ)に属するものであったのが、天下泰平になった結果、喫緊の必要はなくとも馴れ合いの酒、惰性の付き合い酒、日常の独り晩酌が嗜まれるようになった、と述べている。

 

 祭礼その他の晴の日の式というものは、それ自身が昂奮の力を有っていたのだけれども、なお一時に多数の人の気持ちを揃えさせるべく、酒によってある種の異常心理を作り出す恒例になっていたのである。酔えない人間には無用の企てのようだが、酔えばまずたいていの者は面白くなるものにきまっていた。天の岩戸の昔語りにあるように、面白いというのは満座の顔が揃って、一方の大きな光に向くことであった。すなわち人心の一致することであった。
 (中略)
 酒は飲むとも飲まるるなということを、今でも秀句のごとく心得て言う人があるが、実際は人を飲むのがすなわち酒の力であった。客を酔い倒れにし得なかった宴会は、決して成功とは言わなかったのである。
 (同書)

 

 柳田は、昨今では酒は飲むには飲むが味や香りを嗜んで抑制して飲むようになった。これはまったく文明の力によるものである(大意)という。注意深く価値判断を排しているが、その筆致にはかつての荒々しい「酒宴」を哀惜するニュアンスが浮かび上がっている。
 また、食事について。これも目の前に情景が浮かぶような見事な一文なので、ぜひともお読みいただきたい。

 

 飯事(ままごと)と称する児童の遊戯は、おそらく日本でばかり特に発達した行事であろう。これは野外の食事が盆とか春の節句とかの定まった日に、非常な快楽をもって企てられた名残であって、子供が忘れかねて今でもその模倣をくり返しているのである。それほどまた手数のかかった重々しい支度でもあった。庭竈(にわかまど)を築いて多勢の食物を煮る日などは、今でも大人たちがすぐに昂奮する。理由は他人の中で食事をするということが、本来は晴であったからである。晴にはたいてい酒を伴い、笑い楽しむ種も多かった代りに、男の仕事なので浪費も大きく、そんな事がたびたびあっては必ず貧乏をする。それで小児がいつまでも記念するほどに、その機会を制限していたのである。
 (同書)

 

 このように生活上のさまざまな局面においてハレ/ケの区別が曖昧になること、柳田自身の言葉でいえば「まれに出現するところの昂奮というものの意義を、だんだんに軽く見るようになったこと」について、『構造と力』の近代社会論は次のように叙述している。

 

 まず気付かざるをえないのは熱い社会(安田註:近代社会のこと)はスタティックな象徴秩序をもたない――もっていたとしても弛緩しきっていて余り重要性をもたない――ということである。この事実は驚くにあたらない。近代社会は、先行する諸々の局所的象徴秩序を解体すること――ドゥルーズ=ガタリにならって言えば脱コード化(décoder)すること――によって成立した、グローバルなアトム化を背景とする社会だからである。そこには、リジットな枠組としての象徴秩序もなければ、それを突き破って噴出する祝祭の混沌もない。すみずみまで脱聖化された同質的な空間の中で、史上類例のないダイナミックな運動を続ける社会、それが近代社会なのである。
 (浅田彰『構造と力』)

 

 また、

 

 実際、近代社会は、いわば世俗化された持続的ポトラッチという様相を呈する。そこでは、全員が他人を出し抜いて一歩でも先へ進むことだけを願っており、ある意味で、カオスにおける相互暴力のミメティスムが再現されているのである。
 (同書)

 

 「世俗化された持続的ポトラッチ」――良くも悪くもそれが、我々が前近代的「祭り」の代わりに手にしたものである。
 只、文化人類学的には「ポトラッチ」とはじつは食料・物資が豊富な集落が欠乏している集落にそのつど融通するという、案外と合理的な連帯保証システムであったという議論もある(マーヴィン・ハリスなど)。そうした議論の是非を判断するのは筆者の能力に余るので、仮にそうだったとすれば浅田のいう「ポトラッチ」の用法は比喩的なものと見做される、とだけ言い添えておく。

 

 この点にかんしてはデュヴィニョーもかなり悲観的であると同時に、デュヴィニョーは近代社会というよりもむしろ我々の住む現代社会をじかに描いている。

 

 技術世界はこうして、新しい発明によって服従と自己放棄の文化のなかに人間を固定することに役立つことになるのだ。人間の状況それ自体の発見にあたって決定的な役割を果たすことができたであろうマス・メディアは、忍従と消極性のなかに人間を閉じ込めるだけなのである。二、三の政治的神話が、われわれの耳もとで根底的変革の効果をわめきたてるが、この根底的変革は、十六世紀以降につくりあげられた文化的で経済的な体系にすこしも関連していないのである。実際、われわれはもはや世界を破壊することができるとは思っていないし、そして、もはや人間がこの当然の明証にむかいうあうことができないがゆえに、祭りはその意味を失ってしまったのだ。もっと的確にいえば、祭りはイデオロギーになったのである。
 (ジャン・デュヴィニョー『祭りと文明』)

 

 祭りはもはやかつての「祭り」ではなく、町内会の定例イベントでありテキ屋の飯の種でありちょっとした気散じの種であるにすぎない(こうして述べてみるとそのこと自体はかつてもそうだったはずなのだが)。それでもまだ祭りやライブは「象徴秩序の構造をひとまず解体」するような力の片鱗を持っている、と言えるかも知れない。
 だが「世俗化された持続的ポトラッチ」はそれに留まらない。そこには当然ながらカラオケやコンパも含まれるであろうし、デパートの「創業祭」やソシャゲの一周年記念などの「祭り」、掲示板サイトの「祭り」といったものも、れっきとした「祭り」の今日的形態なのである。

 

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 こうした祭りの細分化・局所化は行くところまで行くはずである。当然ながら仕事が終わったあとのヤキトリにビールもそれに含まれる。キャスやスペースも含まれる。いや含まれなければならない。繰り返すがそれが現実でありそれが我々が手にしたものだからだ。

 

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 ……誤解なきように言うと、これは決して前近代のほうがよかったという話ではない。『構造と力』においても、そのような前近代への憧憬は「言葉の真の意味において反動的」であり、日常の規律が厳格であるほど祝祭の興奮が高まるなどとは「愚にもつかぬ弁証法的関係」にすぎない、と真っ先に切り捨てられている。それは自民党議員などによる「古き良き日本」といった戯言、健忘症的ノスタルジーと何ら変わるところがないからだ。

 

5.進め蒼き若葉を踏みにじり

 

 ここまでで過去から現在への話は終わりである。
 ここから先の展望については残念ながら、簡単なスケッチに留まらざるを得ない。筆者の力量を超えるからというのが最大の理由であるが、そもそも現在から未来のことは本質的に定かではなく、あくまで実践を通して識ってゆくしかない事柄だからだ。
 ともあれ、まずはこのような近代社会の閉塞に対し『構造と力』がどのような処方箋を示したのかを見てみよう。同書の末尾を飾る「砂漠へ」という有名なアジテーションで、浅田は次のように述べている。

 

 遊戯の場を求めて前近代モデルの如きものへと遡り、そうした秩序の中へ這い戻ろうとするのは、完全な転倒だと言わねばならないのである。近代はそのような秩序からぬけ出した。しかし、問題は、まだ十分によく外へ出てはいないという点にある。外へ出よ。さらに外へ出よ。これこそが彼らの誘惑の言葉である。
 (浅田彰『構造と力』)

 

 こういう《音速の壁を突き破るために操縦棹を前に倒せ》というようなレトリックは個人的には好きである。ジジェクも「ヘーゲルが間違っていたのではなく、フクヤマは十分にヘーゲル的ではなかった」とか「レーニンが間違っていたのではなく、スターリンは十分にレーニン的ではなかった」みたいな感じで至る所で多用している。

 ともあれその実践の一例として浅田は、ドゥルーズ=ガタリが『アンチ・オイディプス』で構想を述べた分裂症分析(schizo-analyse)を挙げている。だが『構造と力』自体はそれを深く掘り下げているわけではない。
 ドゥルーズについては僕には今のところ言及する資格がないが、近代における祭りの機能不全と分裂症との結びつきという意味では、デュヴィニョーが次のような指摘をしている。

 

 「工業的」であるといわれるわれわれの文明は、明らかに祭りを知らない。少なくとも、リズムや音楽がしばしば、われわれが祭りとは別の場所でめぐりあう心にしみいる激しい感情の一致やゆがんだ歓喜を回復させたことからしても、つい最近まで、文明は祭りを放逐していたように見える。ともかく、この百年間に精神的疾患――精神分裂症や偏執症――が蔓延したことは、ほぼ、祭りと精神病のあいだの類似を認識させつつあるし(中略)ある集団がその成員のだれかに、意図的であろうがなかろうが、個人的に恍惚状態や精神錯乱の状態になることを許すとすれば、それは(これらの表現行為の有効性をすこしも認めない)われわれの文明においても、きっとあてはまるであろう。
 (ジャン・デュヴィニョー『祭りと文明』)

 

 言ってみれば前近代的なハードな「祭り」が喪失した代わりに、混沌のマグマが個人を噴射口として世に溢れている、それが分裂症だという意味だろうか? だが正直なところ、このような分裂症解釈は悪い意味で哲学的に過ぎるように思う。それは奇しくも、わが国における「臨床哲学」の泰斗である木村敏が分裂病を「アンテ・フェストゥム」(祭の前)と表現し考究したことについても筆者は同様の感想を持つ。

 もっとも、浅田は木村の議論のなかで分裂病における「アンテ・フェストゥム」および鬱病における「ポスト・フェストゥム」という時間構造について「分裂病者なり鬱病者なりとのクリニカルかつクリティカルな関係から木村さんが新しい認識を掴み取っておられるところが、われわれのような素人にもはっきり感じとれて、そこが実にスリリングだった」と一応は納得するそぶりを見せている。そのうえで、浅田は木村に対し次のような疑問をぶつけている。

 

 浅田 それが、『直接性の病理』(弘文堂、一九八六年)になると、癲癇や躁病における「イントラ・フェストゥム」(祭の最中)という時間構造を出してこられて、そこでは自己がデュオニュソス的な生命の連続に溶融して「大いなる今」が生きられているといった議論をされ、ドストエフスキーの癲癇に伴う体験の記述などを傍証として挙げられる。それは理論的かつ文学的にはわかるような気もするんですけど、病者の側から見て本当にそういうことが言えるのかどうか、むしろそれは第三者的な立場に立って夢想されるロマンティックな「生の哲学」みたいなものによって多少とも美化されているのではないかという危惧を感じたんです。

 (『批評空間Ⅱ-15』所収、「共同討議 生の哲学と死の欲動」)

 

 この疑問はもっともだが、しかしそれを言うならばアンテ・フェストゥムやポスト・フェスティムだって今日の”野蛮”な、「なんかそういうデータあるんですか?」的な実証的基準から言ったら似たようなもんではないか、と言いたくなる。

 ともあれ木村は浅田に対し「イントラ・フェストゥムが臨床的でないというのは間違いです」と答えている。けっして、けっして悪意で言うわけではないが「実際に見たうえで言ってるんだから文句言うな」というわけだ。

 とにかくドゥルーズにしろ木村敏にしろ、筆者のように中途半端にエビデンスが気になってしまう向きには取っつきにくい書き手である。僕はけっしてひろゆき信奉者ではないが、しかし「なんかそういうデータあるんですか?」というあのセリフは案外重要だと思っていて、人文学者はそういう痛みを引き受けて語らなくちゃならないというような話もあるが、とにかく折につけ頭をよぎるのである。聞いた話では東浩紀も、ときおり脳内ひろゆきが「なんかそういうデータあるんですか?」と囁くらしい。
 などといいつつ「なんかそういうデータ」などまったくないままに、統合失調症をひとつの生き方として検討するブログを書いたことがある。一応リンクを貼っておく。

 

visco110.hatenablog.com

 

 話を戻すと、こうした浅田の「外へ出よ、さらに外へ出よ」というアジテーションに対する反論はすでに幾つも提出されている。それを逐一語るのは手に余るので別の機会に譲るが、単純に言うと「あなたは時代の寵児だから自由な生き方が許されるかも知れないけれど、フツーの人は秩序からドロップアウトしたら生きていけないよね」とか、「結局どうしろっていうの」というようなものであった。代表的なものを一つ引用する。

 

 むしろ、浅田彰にファンレターを出した百人を超える女子高生のほうが常識があったかもしれない。なにしろそこには「具体的にどう行動すればいいんですか?」と書かれていたというのだから(『週刊現代』84・1・21号)。浅田彰はむろん「あなたの勝手な方向へ逃げなさい」としか言えない。実際、浅田彰なら知っていたはずだ。近代のシステムから逃走を試みる者の九九%は資本の速度に追いつけずに失速し、残りの一%は資本に追いつかれて商品(スター)化する現実を。
 (『別冊宝島110 80年代の正体!』所収、浅羽通明「刈り上げおじさんがコム・デを着て、銀ぶち天才少年とチベットから来た男の登場で始まった」)

 

 また時代の変化としては、バブル崩壊や湾岸戦争後のいわゆる「実体論回帰」によって、日本のポストモダンのとりわけ軽躁的なアジテーションの部分が急速に呑み込まれていったということもある。
 皮肉にも、浅田彰のなかで最も世間に影響を与えたテクストといってよい「逃走する文明」(『逃走論』所収)において賞揚されていたスキゾ的生き方(これこそが上述の「外へ出よ。さらに外へ出よ」というドゥルージアン的アジテーションを引き継ぐテクストであることは間違いない)のネガとして、旧弊で否定的なものとして描かれていたパラノ的な生き方――家や仕事を堅持しつつ蓄財や子育てに邁進する――ことが、90年代以降は適応的となり、皆がそうした「手堅い」生き方を指向するようになった――正確にはそうせざるを得なくなったのであり、これは《スキゾ的生き方の称揚》という立場からすれば、敗北を認めざるを得ない状況であった。

 

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 萱野稔人はかつてはてなblogで、一方で失業者やワーキングプアなど否応なしに脱アイデンティティ化せざるを得ない人々がいるなかで、大学教授のように安定した社会的地位に居座る者が脱アイデンティティ論を唱えることの”お目出たさ”を痛烈に批判した(該当記事が削除されているので記憶に頼って書いています)が、そうした批判は妥当であろう。

 

 だが、『構造と力』の近代論から最終章に至る問題提起およびアジテーションは結局、「そんな時代もあったねえ」と懐古されるだけのものに過ぎないのだろうか?
 筆者にはそうは思えない。そこに至る見立て――当記事で見てきたような前近代から近代への変遷、また象徴秩序とカオスの弁証法という構造主義のパラダイムが、柳田國男から戦後の「ハレ・ケ」研究に至る系譜のなかにもまったく同じ問題系が見出されたように、それなりの普遍性を持つものであるならば、その帰結であるところの近代の行き詰まりも何も変わってはいないはずであるし、「アジテーション」にしてもそれが正しい解であったどうかは別として、いまなお続く近代社会の問題と渡り合ったものであるはずではないか。
 筆者の日々の生活のなかでの実感は、それに対し「然り」と言っている、それゆえに、未だにこの課題は筆者の思考を捉え続けているのである。

 

 

【参考文献】