やすだ 😺びょうたろうのブログ(仮)

安田鋲太郎(ツイッターアカウント@visco110)のブログです。ブログ名考案中。

欠乏をどうするか(書評『いつも「時間がない」あなたに』)

 

 

 この本は書名から時間術みたいなハウツー本だと思われがちだが、実際には時間、金銭、人間関係などの「欠乏」(SCARCITY)を考察した本である。

 内容は多くの人にとって役立つと思えるが、300ページにわたる本文および何百もの文献や調査・実験・URLを載せた註にまともにつきあうのは、それこそ「いつも時間がない」人たちには難しい。そこで当記事では、僕なりに本書の要点をざっくり解説するので、より詳しく知りたくなった方は直接本書に当たっていただきたい。

それでは、(・ω・)ケッツボー!!!

 


 本書の重要なコンセプトの一つは、時間にしろお金にしろ人間関係にしろ欠乏は欠乏を生み、負のスパイラルに陥るということである。
 このなかで一番わかりやすいのはお金の欠乏だろう。目先の支払いをしのぐためにローンに頼ることによって、だんだんと借金がふくらみ、やがて利息が家計を圧迫し、にっちもさっちも行かなくなる。
 著者が指摘するのは、こうした負のスパイラルは時間にも人間関係にも当て嵌まるということだ。
 忙しい人は限られた時間にすべきことを詰め込まなければならず、スケジュールの作成・管理自体にリソースを割かねばならない。それに付随して忌々しいトレードオフ思考が待っている。旅行者が小さなスーツケースに「あれを詰めたらこれが入らなくなる」と試行錯誤するような、「あの予定を入れたらこっちが入らなくなる」「あれを買ったらこれが買えなくなる」といった厄介なやりくりのことだ。
 またスラック(余裕)がないため少しの遅延やアクシデントで大きく予定が狂ったり、精神的苦痛を受けてパフォーマンスが低下する。
 すぐやれば済むタスクが、後になると内容を忘れてもう一度資料に目を通さなければならなかったり、期限切れのものを再登録したり、遅れるむねの連絡・調整といった新たなタスクを生む。まるで借金に利息がつくように作業量がふくらむのである。

 

 人間関係にも同じような負のスパイラルがある、というのは本書の興味深いところだ。
 それによると、「孤独な人」は新しい人間関係を作るのが孤独でない人に比べて難しいことが幾つかの実験をもとに指摘される。というのも、「孤独な人」は例えばデートなどで会話が盛り上がっているかどうかを気にしすぎたり、自分に関心を持ってもらおうと意識しすぎるあまり、かえってぎこちなくなり失敗するというのだ。
 緊張しすぎるとパフォーマンスが低下する、という意味ではアスリートも同じで、以下はぼっちのデートとアスリートの試合における、覚醒度(意識している度合い)とパフォーマンスの関係を同じ図で示したものだ。

 

f:id:visco110:20211223123342j:plain

 

 二村ヒトシの『すべてはモテるためである』も、「趣味のサークルでは、できればいったん恋人をつくることを忘れて楽しんだほうがいい」(大意)と述べていたが同趣である。意識しすぎてはいけない。

 

visco110.hatenablog.com

 

 *

 

 時間の欠乏、お金の欠乏、人間関係の欠乏はいずれも、欠乏がさらなる欠乏を呼ぶ性質をもっている。
 心理学的なアプローチでは、人は何かが欠乏すると頭がそのことで埋めつくされ、他のことを考えられなくなる習性があるが、これを「トンネリング」という(「近視眼的」とほぼ同義)。
 つい返済能力を越えた借金をしてしまうのも、普段は正常な判断量を持っている人が欠乏によってトンネリングを起こしている場合が多い。つまり目先の受け取れる金は「トンネル内」なのではっきり見えているが、将来の返済や利息は「トンネル外」に押し遣られ、見えなくなるのである。
 トンネリングをはじめとする、欠乏状態特有のさまざまな思考パターン(著者は他に「集中ボーナス」「ジャグリング」等についても説明しているがここでは省略する)にどっぷり嵌っているのが「欠乏のマインド・セット」であり、いちどこういう精神状態になると、自力で抜け出すことは難しい。ではどうすればよいのか。

 

 著者たちが提案する処方箋は、まず「心がけが必要となる行為をできるだけ一回にまとめること」だ。
 たとえば貯金でいえば、給料をいったん受け取ってから貯めるのでは毎月心がけが必要となるが、天引きで貯蓄用口座に振り込まれるようにすれば、一度だけの登録で済む。
 ダイエットでいえば、おやつがふんだんに備蓄されていると毎回毎回(手をつけないという)心がけが必要になるが、スーパーの段階で心がければ一度で済む。このへんはケリー・マクゴニガルの『スタンフォードの自分を変える教室』に似ていなくもない。マクゴニガルは「いつも仕事帰りにマクドナルドに立ち寄る誘惑に駆られるのがわかっているのならば、その場で誘惑と戦うのではなく、あらかじめ軽食を持ち歩きなさい」(大意)といった話をしている。

 

 逆のやり方もある。減らしたい行動に面倒なプロセスを付け加えるのだ。たとえば節約でいえば、ろくに観ていない有料チャンネルや定期購読のたぐいはやめて、欲しければそのつど単品で買うようにする。さまざまな会員の自動更新をオフにし、そのつど本当に更新すべきかを吟味する。
 これをダイエットに応用すると、岡田斗司夫が書いていた「ポテトチップスを食べたくなったら三枚だけ食べて残りは濡らして食べられないようにして捨てる。それでもまだポテトチップスを食べたいなら、また買ってくる」(大意)というのに該当する。三枚だったかどうかはちょっと記憶に自信がないが、とにかくこのやり方は「禁止」するのではなく「自由ではあるが面倒くさくする」ことによって行動を抑制しようとするものだ。

 他にも、比較的余裕のある時期にさまざまな「備え」をしておきなさい、といったアドバイスについても詳しく書かれているが、書評では省略する。

 

 *

 

 門外漢ながら行動経済学の前提として、人間はさほど合理的でもなければ意思が堅いわけでもないというものがあるように思う。それゆえ自己の判断や精神力で苦境を脱しようとするのは難しく、環境設計的な手段で行動が変わるように誘因してゆく、といった発想になるのだろう。

 以上がこの本の僕なりの要約ですが、じっさいの文中はとにかくさまざまな実験の話のオンパレードなので、こうした分野の知識を得て独自に人間について考えたい方は、直接読まれることをお勧めします。
 それでは、また (・ω・)ノシ