やすだ 😺びょうたろうのブログ(仮)

安田鋲太郎(ツイッターアカウント@visco110)のブログです。ブログ名考案中。

UMAと人類学的偽造の時代


 さまざまなUMA(未確認動物)を眺めていると、意外な背景を持っている者がちらほらいる。政治、宗教、あるいは狂気……そういった人間社会の闇から、それらの生物はしばしばやってくる。たとえばジャージー・デビルとクエーカー教徒の内紛、天池水怪とSARS(2003年、感染症の流行によって訪中観光客が激減した直後にこの中国版ネッシーは一斉に20頭も姿を現わした)といったような。
 そんな中で、今回はモノスというUMAについて触れたい。というのも、モノスの抱える闇はUMAのなかでもひときわ深く、複雑な事情を孕んでいるように思えるからである。

 

 *

 

 モノスは1920年、南米ベネズエラの未開の森で人類の前にはじめて姿を現わした。
 このUMAは全身毛むくじゃらの、二足歩行をする巨大な猿ような生き物であり、探検隊の隊長フランソワ・ド・ロワの友人であった人類学者ジョルジュ・モンタンドンの発表によれば、既知のいかなる動物とも特徴が一致しない新種の類人猿であった。
 発表と同時にモノスの写真が公開されると、世界中に大きな反響が起こった。見れば「ああ、あいつか」と思う読者もいるだろう。次の写真がそれである。

 

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 はい、こいつです。
 今日では、モノスの正体はド・ロワが飼っていたクモザルだったことがほぼ確定している。
 写真だと一見巨大に見える(発表によれば全長157㎝、体重50kg)が実際にはそれほどでもなく、サルのような尻尾がないのは生前に病気で切断されたからであり、歯の数が32本あったというのもド・ロワがそう主張しているに過ぎない。

 そうした証言や写真から疑わしい部分を取り除き、”確実な部分”のみを抽出するならば、クモザルの特徴を越えるものは何一つないというのが専門家の一致した見地である。加えてド・ロワの友人による告白記事があり、それによればド・ロワはかなりイタズラ好きな性格でこうした行為に及んだのだという。

 

 問題は人類学者モンタンドンのほうで、このような稚拙な嘘も見抜けずモノスに「入れ込んだ」のには、彼自身のイデオロギーが深く影響していた、という指摘がある。
 モンタンドンは過激な人種差別主義者であり、「白人はクロマニヨン人から進化したが有色人種は類人猿から進化した」という信念を持っていた。

 

 彼の主張を要約すれば、人類は共通の祖先から進化したのではなく、各人種が別々に生まれたというものである。白人はクロマニヨン人から進化したが、他の人類は類人猿から進化したという。黒人はゴリラ、アジア人はオランウータンというように。
 ところが、こうした主張では、ひとつ説明できない欠点があった。それがアメリカ先住民の祖先で、アメリカ大陸では類人猿が見つかっていなかった。
 しかし、そのミッシングリンク(失われた環)にうまく当てはまりそうな類人猿がモノスだった。モンタンドンの主張は明快で、モノスこそ、探し求めていたアメリカ先住民の祖先だというものである。
 (ASIOS『UMA事件クロニクル』、太字は安田による)

 

 モンタンドンの主張は今日ではナンセンスなものに過ぎない。現在のおおかたの見解では、人類は一千万年前から五百万年前のどこかの時点でアフリカ産類人猿(ゴリラとチンパンジー)から分岐したが、そこから人類固有の長い進化の歴史を持つのであって、ひと口に「類人猿から進化した」と呼ぶのはふさわしくないし、第一白人もその例外ではない。
 しかし「白人のみがヒトの直系であり、それ以外の人種は進化の傍流あるいは隘路にすぎない」というものの見方自体は、当時の人類学者や古生物学者の間で広くイメージされていたふしがある。
 というのも、同じような発想による捏造事件が、モノスが「発見」されるほんの10年ほど前、イギリスのイースト・サセックス州においても起きているのである。それがあの悪名高い「ピルトダウン人」である。

 

 *

 

 そのことが事実でないことを願いましょう。でもたとえ事実だとしても、そのことが広く信じられるようにならないことを祈りましょう
 ――類人猿が人類の祖先であるという説を聞いたヴィクトリア朝の女性

 

 「ピルトダウン人」は、アマチュア考古学者であったチャールズ・ドーソンが1909年から1911年にかけて、イースト・サセックス州ピルトダウンから発見した化石人骨であった。
 発表されるや否や、ピルトダウン人は古人類学者たちに大きな驚きをもたらした。というのも、それまで見つかっていたネアンデルタール人やジャワ原人の頭骨はいずれも脳を覆う部分が小さく、代わりに顎骨や歯などは現代人に近い特徴を有していたのだが、ピルトダウン人はその逆に大きな頭蓋骨とオランウータンのような顎を持っていたのである。
 この骨を鑑定した大英博物館のアーサー・スミス・ウッドワードは、「ピルトダウン人は更新世初期の、現世人類の最古の祖先である」と結論づけた。

 

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ピルトダウン人の復元模型。存在しない形態をもつ、存在しない人類。

Piltdown Man - Alchetron, The Free Social Encyclopedia

 

 古人類学者たちは躊躇し、なかには嫌疑を示す者もいたが、大勢はピルトダウン人を真正なものとして受け容れた。
 実は彼らは、これまでの「脳が小さくそれ以外が現代人的な」人類の先祖にひどく自尊心を傷つけられていたのだった。ダーウィンの進化論はすでにほとんどの学者によって受け容れられていたが、それでも人間はなにかしら特別な存在であってほしい、と彼らは願っていた。
 その特別さとは、知性あるいは精神あるいは魂、といったさまざまな呼び方があるが、いずれにせよ脳に宿る何かであった。そうであるならば、サルからヒトになるときに、まず最初に脳が大きくならなければならないはずであった。

 

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A snapshot of our mysterious ancestor Homo erectus

 

 それゆえ、これまでの「人間の身体を持つサル」とは違って「サルの身体を持つ人間」であるピルトダウン人が彼らの眼前に現れたときに、通常なら発揮されたはずの学問的慎重さを擲って「これぞ人類の真の祖先だ!」と飛びついてしまったのである。この時の彼らの心境を、ケネス・フィーダーは次のように描写している。

 

 ピルトダウン人がサルからヒトへの進化の「ミッシング・リンク(失われていた環)」だとすれば、ネアンデルタール人もジャワ原人もそうではないことになる。ピルトダウン人とジャワ原人はほぼ同じ時期に生きていたが、ジャワ原人は原始的なままやがて消滅していった傍系なのかもしれない。ネアンデルタール人はピルトダウン人よりも年代がずっと新しいが、重要な部分(つまり脳)は原始的に見えた。ネアンデルタール人は進化の梯子を滑り落ちて、原始的な段階へと後戻りした形質を示しているのかもしれない。
 (ケネス・フィーダー『幻想の古代史』)

 

 フランスの人類学者マルスラン・ブールはピルトダウン人発見以前から、ネアンデルタール人は粗野で愚鈍な、進化の袋小路に陥った存在であり、現代人とは直接繋がっていないと論じていた(プレ=サピエンス説)。そしてピルトダウン人が発見されると、これこそ「人類の最も新しい種であるホモ・サピエンスに直接つながる祖先」であると説いた。

 

 ブールのいわゆる「プレ=サピエンス」説は、長い間広い支持を集めた。そしてヨーロッパのネアンデルタール人は、優秀な新人によって「掃討された」という先史時代のシナリオがしばしばこれに随伴した。ワシントンにあるスミソニアン研究所の自然人類学者のアレシュ・ヘリチカは、この見方に組しなかったほとんど唯一の人物だった。ピルトダウン人の類人猿的な顎と現代人的な頭骨という「怪物のような」組合わせを疑い、ヘリチカはネアンデルタール人を人の直接の祖先に置く人類進化の単一の道筋を説いた(安田註:現在はネアンデルタール人は原生人類の直系の祖先ではなく、別系統の人類とされている)。
 (中略)
 しかし、ヘリチカに賛意を表したのは、ほんの一握りの学者だけだった。
 (ブライアン・M・フェイガン『現代人の起源論争』)

 

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Neanderthals - HISTORY

 

 *

 

 また、1924年に発見されたアウストラロピテクス・アフリカヌスが「類人猿ではなく人類である」という、解剖学者レイモンド・ダートの見解が当初学会に受け入れられなかったのも、ピルトダウン人の影響があったためだと更科功は指摘している。
 これもまた、「類人猿と分岐した人類というのはピルトダウン人のような形態をしていなければならない」と思われていたためである。だが問題はそれだけではない。更科は次のように述べている。

 

 アウストラロピテクス・アフリカヌスはアフリカから産出したが、ピルトダウン人はイギリスから産出したのだ。ヨーロッパの人類学者にとっては、やはり人類の進化の先頭に立っていたのは、ヨーロッパの化石人類であって欲しかったのだろう。ヨーロッパの人類は進んでいて、アフリカの人類は遅れている、と思いたかったのだ。
 (更科功『絶滅の人類史』)

 

 そうなんです。人類の祖先がどのような姿であるべきかという問題意識とは別に、それはどこで発見されたのかという問題意識があるんですね。
 「その化石人骨が産出されたのはヨーロッパか、非ヨーロッパか?」。これが当時の古人類学者にとって、もう一つの大きな関心事であった。俄然、話がモノスのような人種差別に近づいてくるのである。そのへんを意識しつつ、次にピルトダウン人とジャワ原人の関係について見てみよう。

 

 *

 

 ジャワ原人はかつてはピテカントロプス(猿人。ギリシア語でサルを意味するpithekosと人を意味するanthroposの合成語)と呼ばれていた。ピテカントロプスが間違いなくヒトであると認識されるに至ったのは研究が進んだ1940年代に入ってからであり、そのさいにホモ・エレクトゥス(直立原人)としてホモ属に組み入れられ、ピテカントロプスという呼称は廃止された。

 

 フェイガンによれば、ホモ・エレクトゥスは「猿人よりもはるかに大きい脳、すばらしい明察力、直立姿勢に完全に適応した四肢と腰を持っていた」という。彼らはハンドアックス(手斧)やクリーヴァー(鉈)その他多くの道具を作り、大型獣を狩猟し、採集旅行に出かけ、火を操り、JAVA言語を使いこなした。

 

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Art for Aid 2018: The Journey of Java Man | NOW! JAKARTA なんだか楽しそう。

 

 とはいえ、残念ながらホモ・サピエンスに比べると(おそらくはネアンデルタール人と比べても)狩猟技術が劣っていたために生存競争に敗れ、飢餓により約7万年前に絶滅したと考えられている。
 北京原人もまたそうしたホモ・エレクトゥスの一員であるが、やはりピルトダウン人の支持者らにとっては白人に比べると一段階低い存在と見做されていた。再び当時の古生物学者の思惑を、こんどはスティーヴン・J・グールドの描写で見てみよう。

 

 北京原人(かつてはシナントロプスと呼ばれたが、今はホモ・エレクトゥス[直立原人]に入れられている)は、現代人の三分の二の大きさの脳をもって中国に住みついていたのに対して、ピルトダウン人は完全に発達した脳をそなえてイギリスに生息していた。もし最初のイギリス人であるピルトダウン人が白色人種の祖先であり、その他の色の人種の祖先はホモ・エレクトゥスにさかのぼるとすれば、白人は他の人種よりずっと早く完全な人類にいたるしきいを踏みこえていたことになる。こうした高級な状態でより長く生活しつづけてきたからには、白人は文明のさまざまな技術において抜きんでたものでなくてはならない。
 (スティーヴン・J・グールド『パンダの親指』)

 

 このあたりの感性こそが、モノスにコロっとやられたモンタンドンにきわめて接近している部分だと僕は思う。彼らは人間が類人猿と比べて特別であってほしいと願うと同時に、白人が有色人種と比べて特別であって欲しいと願っていたのであり、そうした示唆を与えてくれるものにはつい判断のたがが緩んでしまうのである。

 

 1953年にオックスフォード大学で行なわれた年代測定と調査・研究によって、ピルトダウン人はオランウータンの下顎骨をもとに臼歯を現代人に近付けるためやすりで削り、そこに人間の頭蓋骨をくっつけ(接合部を除去することによって一体であるように見せかけ)、さらに薬物で着色して古い印象を持たせた真っ黒々な捏造物であることが明らかになった。
 ただしそうなる以前から、ピルトダウン後の相次ぐ人類化石の発見がいずれも首から下はヒトに近いが頭部はサルに似たものであり、ピルトダウン人はいよいよ孤立と被疑を深めていたのだった。仮にそうした外堀が埋まっていなければ、ピルトダウン人はもう少し生き永らえ、さらなる悪影響をもたらしたかも知れない。

 

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 発見者チャールズ・ドーソンほかピルトダウンの発見から発表に深く関与した面々。

 

 *

 

 ピルトダウン人やモノスが世間を騒がせた1920年代前後はまだ化石人骨の発見数が少なく、一つの発見が大きくパラダイムを転換する可能性があった。また鑑定方法も充分に進歩してはいなかったので、このような大それた嘘が跳梁し得たのだろう。今はもはやそういう時代にはない、とケネス・フィーダーは述べている。

 

 ヒトの化石記録は豊富にあり、しかもどんどん増え続けている。われわれの進化のシナリオは、わずかばかりの骨の断片にではなく、数百体の化石に基づいて構成されるようになっている。
 (中略)
 互いに支えあっている古生物学、文化、遺伝子のデータベースと矛盾する、わずかばかりの謎めいた骨が見つかっただけで、進化のタペストリーを解きほぐし、織り直すようなことにはもはやならないと言っていい。今だったら、ピルトダウン人の発見に騙される人はほとんどいないだろう。
 (ケネス・フィーダー『幻想の古代史』)

 

 UMAにしても歴史を覆すような大発見にしても、確かに心惹かれるものはあるが、いっぽうで短時間でもきちんと検討すると、到底どれも実在しそうにないと悟らざるを得ないという悲しい現状がある。
 しかしそうしたものが素朴に信じられる時代とはどういう時代だったのか、と見てゆくと、我々の未知と無知につけ込んで、詐欺や悪だくみのみならず、かなり危険なイデオロギーが紛れ込んでいることもある。今回挙げたのはほんの一例に過ぎない。
 果たしてそういったダークサイドに陥らない、少年の夢のような構えで不思議、ロマンと向き合い続けることは出来るのだろうか。ただこうした舞台裏を暴くような話も、それはそれで面白くもあるのだけれど……。