🐮休日の過ごし方、または「有意義」について🐴
昼下がり。いつも文机に頬をつき、路地裏のさして変わり映えのしない風景を眺めながら物憂げな顔の貧書生、牛君(名前考案中)の閑居に盟友の馬君(名前考案中)が訪れる。近頃はウーバーイーツで働いている馬君、今日は早々に仕事を切り上げ、どうやら一風呂浴びる前にちょっと顔を見に来たようだが――
🐮いやーしかしあれだね、俺もこの歳まで生きてるけど、未だに人生のなんたるかも、世間の条理も、人情の機微も、なにひとつわかっちゃいない。さしあたって目の前の退屈をどうすりゃいいのかも、さっぱりわからないときたもんだ。
🐴まあそんなことわからなくたっていいじゃねえか。いまさら政治家になるでなし、偉い学者先生になるわけでもないんだから、俺ら末端の大衆は、気ままに暇つぶしてりゃいいんだよ。
🐮フーン、俺はそういうふうには割り切れないけどな。
🐴だからお前ェは青いってんだ。
🐮まあいいさ、それならひとつ、その暇つぶしの秘訣ってやつを教えてもらおうじゃねえか。
🐴さあなあ。改まって考えたことなんかないからなあ。やっぱりあれなんじゃないか? 我らがハンチョウこと大槻太郎が言うように、まずは心の余裕を取り戻すことなんじゃないか?
🐮それはそうかも知れないな。そういえばライフスタイル本の古典、マイケル・フロッカーの『メトロセクシャル』にも「のんびり構えて、気楽に楽しく過ごそう」って書いてあったぜ。
🐴そうだな。落ち着きが肝心、ってやつだ。何事もな。だいたいほら、心に余裕がない奴は何をやってもうまく行かない。恋愛なんかもそうだ。誰があくせくしてるコマネズミみたいな男と付き合いたがる、って話で、やっぱ男はどっしり構えてなきゃあな。どっしり構えてりゃだいたいモテる。
🐮また適当なことを言いやがって。
🐴こういうのはとりあえず言っときゃいいんだ。知らんけど。
🐮まあ論語にも「君子重からざれば即ち威あらず」って言うしな。ほんとは論語の解釈とかって沼なんで、簡単にこれはこういう意味だ、なんて言うと論語ガチ勢に怒られそうだが。
🐴とにかく焦らない。有意義に過ごそうとか考えちゃいけない。お前みたいなインテリくずれはそういうムラっ気があるから今を楽しめないんだ。お前はいつもそうだ。お前は失敗ばかり。お前は何も成し遂げられない。誰もお前を愛さない。
🐮さすがにそれ古い。
🐴ごめん。
🐮まあ「有意義」っていう概念がかなり眉唾なのはわかる。突き詰めればキャリア厨みたいな、B6判の糊づけソフトカバーの自己啓発本やら、ネットの情報商材やらセミナーのいい養分になりかねないし、身の丈に合ってない晦渋な哲学書なんかを読んでウムムと唸ったりするのも、どうせひと月と持ちゃしないんだ。そういう意味では安易な有意義の定義に縋るよりも何が有意義で何が無為かわからない、そもそもそんなものはないかも知れないっていう不安に堪えながらやってゆくほうがよほど本質的な生き方だって気がしてくる。ちょうどほら、ポストトゥルースの時代っていうのは安易にトゥルースに飛びつく時代なんだ、みたいなことを千葉雅也が言ってたのと似ていないか。
千葉 反証可能な事実の検証というプロセスが放棄されたところで、結局、むき出しの真理を信じたくなってしまうような欲望が出てきた。それが、昨今の形骸化したエヴィデンス主義者の台頭に繋がっているのだと思います。反証可能な不安定な知識状態に耐えながら、ファクトについて絶えず考えていくというよりも、一度エヴィデンスが与えられたらこれはトゥルースなんだ、と単純に捉えてしまうような。
(中略)
本来なら、ポパー的な意味でのファクトの次元の問い直し、実はファクトは根本的にトゥルースとして確定されないんだ、という側面を見ることこそが重要なんだけれど、そこを無視してトゥルース同士の戦いをしているところが不毛なわけですよね。
(『新潮2017年8月号』所収「ポスト・トゥルース時代の現代思想」p.134 以下太字は安田による)
🐴人間は不安に弱い生き物なんで、なにが本当の事かわからないという状態は耐え難い。情報過多で迷子になっているところにわかりやすい二、三のファクトが流れて来ればすぐトゥルースに到達したと思ってしまうし、同様にこれが有意義だ、これさえやっていればお前の人生は充実していると社会が認めていることなら何にでも飛びついてしまうんだな。ディズニーとかBBQとか鬼滅とかセックスとか。
🐮無駄に戦線を拡げないでください。
🐴鬼滅の刃を観たあとにセックスする。これが本当のキメセクなんつってな。
🐮…
🐴…
🐮…
🐴an angel passes by.
🐮うっさいわ。
🐴そのファクトは誰がどういう意図で流しているのか。ファクトは嘘をつかないが嘘つきはファクトを使う。話を戻すと、「有意義」観念にしても、資本主義が人間を、物欲だけでなくレジャーだカルチャーだといって消費活動に動員するために使われてきた歴史的経緯を忘れちゃいけない。たとえそれが精神的・文化的なものであってもね。
🐮せっかくの休日に本当にしたいわけでもないことをさせられ、「これが有意義なことだ。これがお前にとって楽しいことだ」と一方的に決めつけられ、あげくに金まで毟り取られる。
🐴鬼滅だけに決めつけてくるわけ。
🐮鬼滅敵視やめろよ。
🐴まあそういう、「豊かな社会」のなかでの新しいタイプの疎外とも言えるわけだ。そういえば澁澤龍彦御大もこんなことを言っていたぞ。
「レジャーを楽しもう。」と大衆に呼びかけて、このムードを盛り上げようとしている張本人は、マス・コミと娯楽、観光などの余暇産業です。ムードとは、要するにだれかが作り出したムードであって、そこには快楽があるとしても、規格品の快楽があるだけです。押し付けられたムードのなかで、いかに規格品の快楽を追い求めても、むなしさが残るばかりです。
そもそもムードという言葉は、受動的で、停滞的で、ぬるま湯のなかに浸っているような、はげしい感情の起伏のない雰囲気をさす言葉でしょう。能動的な生活態度や積極的な快楽追求の姿勢とは、まるで正反対です。(澁澤龍彦『快楽主義の哲学』文春文庫版 p.14)
🐮『快楽主義の哲学』はけっきょく具体的にはどうしろと言ってたんだっけ? まあ後でちょっと読み直すか。
🐴せやな。
*
🐮じゃあとりあえず有意義オブセッシブを退け、落ち着いたとしよう。次にどうすりゃいいんだ?
🐴さっきも言ったけど、改まって考えたことはないわけよ。ちょっと待てよいつもの自分を思い出してみる――ああそうだな、暇潰しにはネタがいるわけだ。
🐮そりゃまあそうだろう。
🐴ここで気をつけなきゃいけないことは見栄は禁物ってことだな。くだらなくてもいいからのめり込めることをするべし。俺はインドア派なんで、読書とかゲームとかネットとかポルノとか、専らそういうのになるわけだが――
🐮奇遇だな。俺もインドア派だ。
🐴まあ実質同一人物だからな。それはそうとモモンガもこう言ってるぞ。
🐮このモモンガの衒わなさは、最初に観たときなんだか感銘を受けたな。以前のブログで引用した日夏耿之介の姿勢に通ずるものがある。
かかるわびしい繁忙の現在にあって、讀書は多く事務で、享樂でない。勉学であって嗜讀でない。たまの日曜の好日の午後に小春日のぬくもりを樂みながら臥そべつて讀むともなしに讀みかかる雑著の小册子が、かへつて眞に血肉となりいつまでも頭腦に残るに反し、勉學のための専門の論究書の翻譯が、多く単なるその場の知識にしかならなかつたり、浅薄な断片知識としてしか残存しないのは怪しむに足らぬ事であるが、恐らく天下幾十萬の教師生活者の過半は必ずやこの嘆を繰返す事であらう。
(日夏耿之介『サバト恠異帖』p.253)
🐴俺はこれを待合室主義と呼んでいる。
🐮待合室主義?
🐴ホラ、病院の待ち時間って長いじゃん? で本とか雑誌とかマンガとかタブレットとかを持ち込んで暇を潰すわけだけど、退屈を感じないことが主目的なんでそれこそ「わっかりやすい娯楽」をチョイスしがちなわけ。だから下手に書斎にいる時よりもよほど夢中で読みふけったりするし、実際面白く感じることが多い。
🐮ああ、電車の中も同じだな。
🐴自分の部屋にいると、自然と心の敷居が上がってしまうんだな。れいの有意義の魔手が襲ってくるってわけ。だから待合室にいるような心持ちで過ごすこと。これがその時その時を最大限に楽しむ秘訣なんだ。
🐮ふーむつまりまとめると、焦らず余裕の気持ちで、有意義の呪縛から解き放たれて、待合室にいるような気になって背伸びしないで楽しめるものを楽しめ、ってことだな。
🐴そうそう。楽しいものは集中が続くし記憶への定着もいい。ストレスも解消される。いいことづくめだ。それに比べて、無理してやってるものはすぐ気が散る。上で日夏耿之介が言ってるように記憶に残りにくい。ストレス解消どころか思うように捗らなくて余計にイライラし、下手したらお前さんの神経症が悪化しかねない。
🐮なるほど。
🐴あとこいつは余談なんだが、インドア派って陰キャとか非リアとかなんか一段低く見られがちだけど、なかなかどうして、いいもんだと思うんだよな。読書とかゲームとかポルノとか――俺はたまたまマンガをあまり読まないし映画やドラマもあまり観ないんだが――まあそういった感じの趣味ってのは、金もあまりかからないし――いやケチで言ってるんじゃねえ、金がかからないってことは、ここぞって時に使うために取っておけるってことだ――下手にほっつき歩いて車に轢かれたり、喧嘩や犯罪に巻き込まれることもない。穴に落ちることも川に溺れることも病気を伝染(うつ)されることもいま流行りのテロに遭うこともない。
🐮テロっていま流行ってるの?
🐴だいたいいつも流行ってるからそう言っときゃいいんだよ。なんかちゃんとニュース読んでる人みたいに見えるだろ?
🐮はあ。
🐴んで、人間関係のトラブルも起きない。つまり天下泰平ってわけだ。これを俺はインドア趣味の三大メリットと呼んでいる。してみるとどうだい、上の三つのメリットと足せば六大メリットになる。六大野球みたいで景気いいじゃねえか。せっかくなんで貼り紙にしておくぜ。
*
🐴まあこうやって安楽に過ごしてりゃ、自然とおおらかな性格になって、運気も上がり、万事上手くいくってわけよ。そうこうしてるうちに何かフラグが立って、案外面白い外出イベントが発生する場合もある。出かけるのが嫌いなわけじゃなくて、植え付けられた有意義オブセッシブによって無理矢理出かけさせられるのが嫌なわけで。
🐮なんかマイルドにスピってない?
🐴楽観的なほうが物事が上手く行きがちってのは事実やろ。なんか日本にもそういう諺とかなかった?
🐮「笑う門には福来たる」とか?
🐴それだな。
🐮まあなんとなくわかったよ、今日はためになったな。
🐴そいじゃ俺は風呂に浸かって古本屋でも覗いて帰るよ。本は古本屋の店先の均一本に限る。たっぷり買っても懐が痛まないし、気ままに摘まみ読みして飽きたらそこらに捨て置けばいいからな。何千円も出して買った本じゃこうはいかない。うかつに汚したり破れば鬱になるし、最初のページからきちんと通読しなきゃいけない気がするし、そうなるといいかげんなタイミングでなんとなしに読み始めることも出来ない。なんだかんだで手つかずのままになりがちだ。女でもそうしたもんで、良家の子女よりそこらのカフェーの女給のほうが…
🐮それコンプラ的にあかんやつ。
🐴あれ、いま昭和98年じゃなかった?
🐮令和5年。
🐴そうか、じゃあ駄目だな…じゃあそろそろ行くか
🐮そいじゃ俺はさっそく教えに従って、肩の力を抜いてゲームしてyoutube観て酒飲んで昼寝するか。
🐴そうそうその心意気。だけど酒の飲み過ぎはダメだよ。
🐮あれ、帰らないの?
🐴…
🐮さてはお前、オチが思い浮かばないんだな。
🐴整いました。
🐮なに。
🐴休日の過ごし方とかけてブログ作法と解きます。
🐮その心は。
🐴どちらも落ち(オチ)つくことが肝心でしょう。
🐮おあとがよろしいようで。