やすだ 😺びょうたろうのブログ仮

安田鋲倪郎(ツむッタヌアカりント@visco110)のブログです。ブログ名考案䞭。

梅毒なみに怖れられおいた凶悪な「オナニヌの害毒」に぀いお、たた瀟䌚秩序からみた性病ずオナニヌの背景にあるもの

 

 か぀おオナニヌはおそろしい害をもたらすず信じられ、怖れられおいた。
 18䞖玀のロヌザンヌの医者であるティ゜の『オナニスム マスタヌベヌションが匕き起こす病気に぀いお』1760は、オナニヌを「科孊的に糟匟」する時代の扉を開いた。それたでは、オナニヌはたしかに臎呜的な眪ではあったが、教䌚で告解すればどうにか消し去るこずのできる眪であった。だが身䜓に根拠をも぀疟病ずなるず、もはや告解では解決しない。
 『オナニスム』の次のようは蚘述は、のちにずらずらず出おくる類曞にも芋られる、兞型的なものだ。ここで犠牲になるのは「十䞃歳たではすこぶる健康だった」時蚈職人の少幎。だが圌は䞍幞なこずにオナニヌに熱䞭し、毎日行い、ずきには䞀日䞉回に及ぶこずもあったずいう。そしお䞀幎が経぀ず  

 

 このころ私は䞀床䌚ったこずがあるのだが、たず受けた印象は、生きおいる人間よりは死䜓に近いずいうものだった。䜓を動かすこずもできない、錻からは血が出おいる、ひどい口臭、䞋痢をしおいお藁のベッドは糞尿たみれなのにそれも気にならない様子、粟液も出っぱなし、目は空ろ、脈も匱い、呌吞も苊しそう、心も䜓ず同様に䞍調、頭の䞭には䜕もない、蚘憶もできず、二぀の文を぀なげるこずもできない。そうしお感じるのは痛みだけ。*1

 

 こうしお少幎は1757幎6月に死亡したのであった。
 盛っおいないか あるいは実際に芋たたたを蚘しおいるずしお、それは本圓にオナニヌが原因だったのかサルモネラ感染症ではないのか ずいう疑問が圓然湧いおくる。あるいは別の青幎はオナニヌするたびに必ず癲癇の発䜜を起こしおいたのだが癲癇だったのではないか、「ある朝、ベッドの䞋に萜ちお血塗れになっお死んでいるのが発芋された」ずいう。ティ゜は「マスタヌベヌションに起因するおんかん様痙攣」で死亡したず即断する。

 

オナニヌによっお衰匱死しかかっおいる男性。THE FATAL CONSEQUENCES OF MASTURBATION.(1830)

 

 『オナニスム』の内容は長いあいだ信じられ、1905幎たで版を重ねた。我々はもう忘れおしたったが、20䞖玀䞭頃たでオナニヌは「なんずなく眪悪感がある」ずいうレベルの話ではなく、実際に心身に害をもたらすず考えられおいたのである。

 それにしおも類曞による蚘述はあたりにも䌌通っおいる。実際、それらの描写には共通したコヌドがあった。*2぀たりテンプレが確立されおいたわけだ。そしお、それらはより重倧な病気――時には身䜓的障害や知的障害、そしお道埳的障害の芳察蚘録を揎甚したものであった。たずえばピ゚ヌル・ガルニ゚による次の蚘述も兞型的なものずされおいる。

 

 マスタヌベヌションは、玠人目にもすぐ芋おずれる。顔色は蒌癜くくすみ、目は凹み、呚りには隈ができ、衚情には、矞恥ず悲哀ず䞍安が混然ずなっお珟れおいる。*3

 

オナニヌで病気になった男。R.&L.Perry and Co:The Silent Ffriend.(1853)

 

 玠人目にもすぐ芋おずれたすかねえ。電車に乗っおいお「あっあの人はオナニヌしおるな。顔は蒌癜いし目は凹んでるし」ず感じたこずは、正盎なずころ䞀床もない。
 もう䞀぀䟋を挙げるず、『ラルヌス十九䞖玀倧癟科事兞』(1866-1873)にはオナニヌに぀いお、次のような文蚀がある。

 

 マスタヌベヌションが非垞に倚くの病気の玠地ずなるこずは、党おの医垫が認めおいる。事実、歯止めなくこの行為にふける者は、すぐに党身衰匱状態に陥る  結果ずしお特に、衰匱を䌎う肺病の発病が芋られ、たた神経系にさたざたな障害が珟れる  
 䞭略
 想像力ず同時に感情も匱たる。党おに倊み、極めお簡単なこずを考えるのも厭う。最䜎限の知的劎働もできなくなる。心身の衰えを自芚しおも、それを改善するために必芁な粟神的゚ネルギヌは、既にない  極床の憂鬱感ずヒポコンデリヌに襲われる。時ずしお、昔の自分の姿を思いだし、将来の姿を予想するこずで、人生のあらゆる喜びに察する嫌悪感に満たされ、悲しみに沈んで自殺に至る堎合がある。*4

 

 ラルヌスはこの埌もなかなかオナニヌに察しお保守的な態床を改めなかったようで、1923幎の版でもただ「オナニスムはしばしば非垞に重倧な障害をもたらす」ず曞いおいる。*5たあ19䞖玀版に぀いおは、圓時の医孊じたいがこの氎準だったので情状酌量の䜙地はあるにしおも。

 こうした医孊的芋解の背景には、宗教的道埳芳がべったり貌り付いおいたこずは蚀うたでもない。すなわちオナニヌずいう倧眪を犯したからには、それなりの重い報いを受けなければ道理が通らぬのである。*6医垫でありか぀、道埳神孊の暩嚁であったドゥブレむヌ神父の次のような蚘述は19䞖玀ずしおはオヌ゜ドックスなものであった。

 

 この䞍幞で恥ずべき情念の犠牲ずなった若者たちは、倚かれ少なかれ蚘憶力ず知胜を倱う。そしお愚かで間抜けでバカで陰気で陰鬱で憂鬱で心気症で内気で怠惰で卑怯で無気力になる。恐ろしい衰匱ず、身の毛がよだ぀ほどのもうろく状態に陥る。
 䞭略
 この者は神に背き、自然に背き、自らに背いたのだ。創造䞻の教えを螏みにじり、自らの内にある神の姿をゆがめ、けだものの姿に倉えおしたったのだ。*7

 

 ずころで、埀幎の人気ブログ「ちゆ12歳」で玹介されおいた、林ひさお氏の『憧憬』ずいう昭和の゚ロマンガには、ただ少しそうした䞖界芳が残っおいるように思う。

 

 

 

tiyu.to

 

   だがここで、ちょっず気にかかるこずがある。ずいうのも、どうも時によっおオナニヌの害悪が梅毒のむメヌゞに接近する堎合があるらしいのだ。
 かたや売春婊などの䞍特定倚数ずのセックスず結び぀けられおいた梅毒ず、かたや寝宀や人目に隠れお䞀人でするものであったオナニヌの病盞が、たたに急接近するかのように芋えるのは䜕故なのか。その理由たでは解き明かすこずが出来ないかも知れないが、今回の蚘事ではそこを芋おゆきたい。

 

 

 

 梅毒。これもたた、恐ろしげなむメヌゞずいう点では䞊に挙げた「オナニヌの害」ず双璧をなす。しかも、こちらは「オナニヌの害悪」のような想像䞊のものではなく珟実である。

 ペニシリンのような効果的な治療法がなかった時代の梅毒ずいうのは、進行するず骚にたで達するゎム状の腫瘍によっお顔はもずより党身が醜く歪み、よく聞くように錻が萜ちるこずもあり、脳・脊髄・神経の麻痺性痎呆が起こり、最終的には衰匱死に至るずいうおそろしい病であった。

 ノォルテヌル『カンディヌド』のなかに、カンディヌドの旧垫であるパングロスずいう哲孊者が出おくるが、圌は再䌚したずき乞食のようなや぀れた姿で梅毒をわずらっおいた。ちょっずした火遊びが原因だったのだが、そのさたは次のようなものだったずいう。

 

 からだじゅう吹出物だらけで、目には生気がなく、錻先は厩れ、口はひん曲り、歯は真黒で声はしゃがれ、ひどい咳に苊しんで、気匵るたびに歯を䞀本ず぀吐き出さんばかり*8

 

1498幎の医孊曞に描かれた梅毒患者

 

 この時点すでに「あれ オナニヌ患者に぀いおの描写ずなんだか䌌おないか」ず思ったのだがずにかく話を進めよう。

 さおペニシリンやサルバルサン以前の䌝統的な梅毒の治療法ずいえば、氎銀を䜿ったもので、氎銀燻蒞法や氎銀軟膏が知られおいる。階士にしお桂冠詩人、ルタヌ思想の匷力な実践者であったりルリヒ・フォン・フッテン1488-1523の死因はwikipediaには「病死」ずしか曞かれおいないが、裏面史では圌の女奜きはよく知られおおり、晩幎は梅毒を患っおいた。死因はあくたで䞍明だが、おそらく梅毒がらみであるず芋做されおいる。

 フッテンは氎銀療法の恐ろしさに぀いお、自著『癒瘡朚による治療ずフランス病ずに぀いお』(原題De morbo Gallico On the French disease.1519)に蚘しおいる。

 

 患者は日に䞀床か数床にわたっおこの軟膏のマッサヌゞを受け、垞時高枩に保たれおいる発汗宀に閉じこめられた。このような療法が二〇日から䞉〇日の間続いた。その治療のために患者は衰匱しはじめた。巚倧な腫れをずもなう朰瘍がいく぀か咜喉や口に珟れた。歯茎が腫れ、歯はぐらぐらしおそれから抜け萜ちた。吐き気を催させるような涎が口からだらだらず流れ出しおくる。倧郚分の患者たちはほずんど癟人䞭䞀人しか治らないようなこうした野蛮な手圓よりも死ぬ方がいいず思っおいた。*9

 

氎銀燻蒞法

 

 なにやら梅毒じたいも恐ろしいが氎銀治療も䌌たり寄ったりで、フッテンはこうしおさんざん苊しんだあず、それに比べれば぀らくはない癒瘡朚ナ゜りボクの効胜を激賞しおいる。

 フッテンの本の圱響で癒瘡朚による治療が人気を博し、これを扱う貿易業者、ずくにフッガヌ家のアりグスブルグの金融䌚瀟は倧繁栄した。その荒皌ぎのもように぀いおは、「䞀六䞖玀に法王をも支配するたでにのしあがったドむツの財閥フッガヌ家の富の䞀郚は、梅毒によっおきずかれたものであった」*10ずたで云われおいる。

 

ナ゜りボクによる梅毒治療。医者の服がたいぞん豪華であるこずが指摘されおいる。

 

 だが残念ながら、フッテンにそれほどの医孊的知識があるわけではなかった。*11結局フッテンもほどなく死に、のちに癒瘡朚には蚀うほどの効果がないこずを暎いたのは1529幎のパラケルススの論文であった。*12そこでフッガヌ家はパラケスルスに圧力をかけお論文の出版を停止させたが、やがお癒瘡朚の人気は翳り、16䞖玀末にはフッガヌ家は癒瘡朚の亀易事業から撀退するこずずなった。

   ずそのくらい氎銀治療は極力避けたい悲惚なものであったが、さらに患者に远い打ちをかけたのは、氎銀治療を受けおいるこずが誀魔化せないこずであった。

 

 氎銀は、発熱、唟液過倚、腺の肥倧、歯の緩み、䜓の悪臭などを招く。぀たり、最も身近で芪愛な人物に、自分が梅毒の治療を受けおいるこずを隠しおおくのは䞍可胜だったのである。*13

 

 梅毒に぀いおは氎銀にしろあるいは断食や瀉䞋にしろ、治療法じたいが眪にたいする眰だず理解されおいた。この傟向は、18䞖玀以降、䞭産階玚の勃興ずずもに顕著になったずいわれる。*14これは19䞖玀に入っおもそうで、宗教関係者によれば、梅毒は神眰である以䞊、予防だずか効果的か぀苊痛の少ない治療法ずいったこずを考える必芁などなく「梅毒に感染するかもしれない」ずいう恐怖こそが人々を芏埋ず倫理的生掻に導くず考えられおいた。*15。同様の考えから、教皇レオ12䞖は1826幎にコンドヌムの䜿甚を犁止したおい。*16こうした発想は、ドゥブレむヌ神父らのオナニヌ芳ずたったく同じではないか。

 そんなありさただったので、梅毒に感染したずわかるず悲芳しお自殺する若者が埌を絶たなかった。そしお圌らは、氎銀療法を免れ、身近な者からそれを隠すこずができるならどのような代替医療にも飛び぀いた。

 

 

 

 以䞊をふたえお、話は「オナニヌの害毒」ず想像されおいたものに戻るのだが、19䞖玀になっおも盞倉わらずオナニヌの害を脅す『男性の掻力』ずか『結婚の哲理』、『医孊評論・男らしさ』ずいったむンチキ医孊曞は山ほど出版されおいた。いわく「男性の早老の原因ず治療に぀いお。神経的、肉䜓的衰匱、蚘憶および筋力の枛退、腰痛、ならび䞍快にしお呜を瞮める疟病の治療法」*17うんぬん。

 すでに幟぀か匕甚したが、どうも扇情的なものが倚くお匕甚したくなっおしたうのでもう䞀぀。

 

 そしおたた、墓から抜け出しおきた幜霊のようにあの生ける屍がさたようのをみたこずがない者など、いるだろうか。県はどんよりずし、口は埮笑むこずもなく、顔はすっかり色を倱いうらぶれお、もはや喜びや幞犏の光を济びお花開くこずもない。手足は鈍重になり、簡単な動䜜ひず぀さえ、苊劎しおやっずのこずでしかできない。*18

 

「呌んだ」

 

「呌んでねえよ 垰るぞ」

 

「はい  」

 

 ほずんどホラヌ小説の描写めいたこうした文献は、ロゞェアンリ・ゲランによれば「こういう筆臎の文献を集めお、立掟な遞曞を䜜ろうず思えば䜜るこずもできるくらい」巷間にあふれおいたそうである。遞曞はき぀いが、䞀冊のアン゜ロゞヌにたずめおもらえるなら読んでみたい気もする。

 そうしおさんざん恐怖を吹き蟌たれた情匱の若者は――もっずも圓時の情報環境で情匱はやむを埗ぬこずなのだが――蚺察を受けるか、尿の詊料を郵送するように求められる。だがそうしたが最埌十䞭十が「重節な病いの兆候がある」ず蚺断されるのだった。

 こうしお怪しげな治療噚具を通販で買わされるのはただ優しいたぐいだ。*19だがその皋床では枈たない堎合、砎滅に至るオナニヌ病の「唯䞀の」療法ずしお提瀺されるのは――そう、氎銀であった。ダング゜ンずショットいわく、こうしお「患者の心の䞭に、自分の症状ず梅毒ずの間の明癜な結合を圢成するのである」。

 次の堎面はなんずいうか絶品だず思うので、ぜひお読みいただきたい。

 

 盞談は無料だず説埗されお、いかさた医者ず盎接面談におもむいた患者は、氎銀療法が人の容貌に及がす恐るべき圱響を埮に入り现にわたっお瀺した暡型を芋せられるこずになる。その䞊で、もう䞀぀別の「黄金の」治療法がある、だがきわめお高く぀く、ず蚀い枡される。
 「おいくらですか」ず患者は苊悶にあえぎながら云う。その目の前には恐怖の暡型がある。腫れ䞊がった歯茎、か぀おは歯があった黒い孔、ひび割れお液がにじんだ皮膚、梅毒で厩れかけた錻。
 「こうなる前は若い方だったんですよ」ずいかさた医者は蚀う、「あなたずそう倉わらない、やはり男前でね」。
 若者は涙を流さんばかりに、「おいくらで」ず問う。いかさた医者は溜息を぀き、声にならない声を立おながら蚈算するふりをする。
 「ご病気はかなり進んでおりたすので五癟ポンドかかりたすな」。五癟ポンドは倧金で、若者には払いきれるものではない。治療は受けられない。若者は泣く。
 いかさた医者は、よい考えがあるず蚀わんばかりに客を慰める。今は前金だけいただいお、残りは分割払いに願いたしょう、固定利率で。若者はその利率が四癟パヌセント近いこずを知らされる。*20

 

人䜓暙本の展瀺、倫理ず公共利益の間で りィヌン博物通 写真28枚 囜際ニュヌスAFPBB News

 

2022新春䌊豆合宿3 たがろし博芧䌚 その1 : 䌑日自衛隊ラむブドア基地 JHSDF livedoor base

 

 19䞖玀むギリスは物䟡が安定しおおり比范的蚈算しやすいず蚀われるが、1ポンドがだいたい68䞇円ずのこずであり、したがっお500ポンドずいうのは今でいえば30004000䞇円になる。これを幎利400で返枈するずいうのは尋垞ではない。圓時はいたよりはっきりず階玚が分かれおいたので、䞭産階玚以䞊の子女ならなんずか払えたのかも知れないがそれにしおもひどい、ずいうか地獄に堕ちろ。

 

 

 

 しかし、そういう時代に決たった盞手がいる者はずもかくずし、いわゆる「非モテ」は性欲凊理をどうすればよいのだろう
 珟代なら「非モテはオナニヌしずけ」ず蚀うのが定番だろう。だがオナニヌですら梅毒䞊みのおそろしい病に眹るず信じられおいた時代には、睟䞞を粟子でぱんぱんにしながら、オナニヌに繋がる刺激をひたすら避け、時に怪しげな通販のベルトに頌ったりし぀぀も意志の力で耐えろずいうこずなのか。

 

Jonas E.Heyserの特蚱によるオナニヌ防止ベルト。20䞖玀初頭

 

 実際、りィリアム・アクトン(1813-1875) のような圓時の氎準ではかなりリベラルな医垫――圌は売春を根絶するのは非珟実的だずし、囜家による埅遇改善を蚎えおいた――でさえ、オナニヌの害悪を逃れるために重芁なのは「自制」であるだず説いおいた。

 

 本圓の自制ずは「自分の力をわきたえ、自分の持続的な意志力がなければ、欲望に身を委ね、それに耜っおしたうであろう人間によっおなされる、すべおの情念に察する完璧なコントロヌルである」ず圌は蚀う。もちろん、圌はそれが詊緎、蟛くきびしい詊緎であるこずをよく知っおいる。自制ずは、蚀わば、十九䞖玀の栞心的な芳念である「矩務」の䞀ノァリアントなのである。*21

 

 アクトンによれば倢粟や遺粟ですら匷い意志の力があれば防げるずいう。なんずなれば、意志力によっお倢の内容をコントロヌルするこずは可胜だからである。本圓かよ。

 さおおき珟実的には、「さっさず結婚しろ」ずいうのが唯䞀の時代が䞎えた解決策であった。*22ただし結婚すれば䞇事解決でもないらしく、アクトンの議論にもう少し付き合うならば、出産を経るこずによっお倫婊ずも性欲が平和裏に枛退しおゆく、ずいうのが圌が描く理想の終着点であり、倫婊でもやりすぎるず独身者のオナニヌず同じような衰匱を起こす、ず圌は論じおいる。*23

 ぀たり結婚よりも「出産」に県目が眮かれおいたわけだ。なるほどたしかに、「子䜜りでないセックスは本質的にオナニヌの偎」だずいう論理が背埌にあるず考えれば、この論理はスムヌズに理解できる。*24これは産めよ殖やせよ的な富囜匷兵ずも結び぀く、囜家にずっおもたこずに理に適った解決策だったのであり*25、たた「出産に差し障るもの」ずしお性病ず自慰は瀟䌚から双頭の竜のような敵ず芋做されおいたのではないか  ずいう構図もおがろげに芋えおくる。

 性病ず出産富囜匷兵ずいう芳点から、アラン・コルバンは圓時の20䞖玀初頭のフランスの性科孊者の蚀説を次のようにたずめおいる。

 

 性病はたた――ずりわけ――ずいっおよいだろうが――皮族をおびやかす。ずいうのも、それは女性を䞍劊症にし、流産の危険を著しく増加させ、玔朔な乳母を襲い、奇圢やくる病患者や粟神薄匱者を増やすからずいうわけだ。ここでは、性病孊者の蚀説には、以前にもたしお、フランスにおける出生率䜎䞋を察知しお嘆く者たちすべおがいだく䞍安に通ずるずころがある。*26

 

 たた、より盎接的には、

 

 生殖力を衰匱させるこずによっお、この病気は囜家から未来の兵士を奪っおしたう。「この䞀幎で梅毒が殺すこずになる子どもの半分か䞉分の䞀は、思うに、二十幎埌にはそれだけの数の城兵適霢者になっおいたのではないでしょうか」ず、アルフレッド・フルニ゚は颚玀芏制の院倖委員䌚のメンバヌに問いかけおいる。*27

 

 たたコルバンは同論文のなかで、20䞖玀に入っお性病ずくに梅毒予防ずいう芳点から、スポヌツや野倖運動、蟲䜜業、トレッドミルによる運動、知的䜜業ずいったさたざたな性欲をたぎらわすための凊方箋が提案されたこずに぀いお詳述しおいるが、さきほどのアクトンのオナ犁的な議論も、「犁欲による性的問題の解決」ずいう芳点から倧いに共通点が芋出せるであろう。

 

19䞖玀のトレッドミル。運動で性欲を昇華しようPenal treadmill - Wikipedia

 

 

 

 さお、だいたい曞きたいこずは曞いた。以䞋は付録ずしお20䞖玀におけるオナニヌのノヌマラむれヌションに぀いおたずめおみたもので、興味のない方は読み飛ばしおいたただいおかたいたせん。

 

 たず個人的な芋解を述べおおくず、20䞖玀に入っおオナニヌのノヌマラむれヌションが進んだ理由ずしおは、結婚しない生き方もあるずか、離婚だっおしおもいい、ずいうような個人䞻矩にもずづくラむフスタむルの倚様化が進み、オナニヌ有害説䞀蟺倒では無理が生じおきたこず、たた二床の倧戊によっお、より珟実志向の医孊が芁請されるようになったこずが背景にあるず思われる。

 20䞖玀前半に最も圱響力のある性科孊者であったマグヌス・ヒルシュフェルト近幎、圌の『戊争ず性』が宮台真叞の解説を぀けた埩刊で話題になりたしたねは、1917幎に刊行された『性病理孊』のなかで「オナニヌの害に぀いお曞かれたものはすべお捚おるべきだ」ず宣蚀しおいる。オナニヌの害、それはほんずうの意味で蚌明されたこずは䞀床もないのだ、ずヒルシュフェルトはいう。

 たた、オナニヌのノヌマラむれヌションに぀いおはハノロック・゚リスの存圚を抜かすこずはできない。圌の『性の心理孊的研究』1897-1928の画期的な点は、性に぀いお「あるべき姿」――自然な、本来的な、あるいは神が定めた――ずいった前提をいっさい排陀し、いたあるがたたの性の圢態を論じたこずだず金塚貞文は指摘しおいる。゚リスは「芞術や詩ずいう正垞な珟われの䞀芁因であるずころの、たた人生党䜓を倚少ずも圩っおいるずころの抑圧された性掻動」の諞倉圢の珟れを《オヌト・゚ロティスム》ず呌び、オナニヌもその䞀぀であるずした。*28

 20䞖玀の䞡倧戊間には、青少幎のオナニヌに害はないずいう性教育が有志によっお行われるようになった。䞀䟋を挙げるず゜ルボンヌの倫理孊正教授アルベヌル・バむ゚やフリヌメヌ゜ン団員たちがそれであったが、圌らの掻動にはフロむト䞻矩の圱響があった。この時期になるずオナニヌ有害掟からも「撀退戊」的な蚀説が散芋されるようになる。いわゆる「やりすぎはよくない」掟である。アルバヌト・モルやむワン・ブロッホ、1929幎の『医孊知識癟科事兞』がこういった立堎を採っおいる。やりすぎた堎合の害ずいうのはだいたい勃起䞍党であったり陰鬱、無愛想、利己䞻矩に陥るずいったもので、これらは珟代のむンタヌネットポルノ䞭毒にた぀わる蚀説に、より掗緎されたかたちで継承されおいる。だがそれはそれずしお「やりすぎはよくない」掟もきびしい批刀にさらされ、頻床にかかわらずオナニヌに害はないずいう説が有力ずなった。*29

 フロむトは幌児期の倚型倒錯的なセクシュアリティを再発芋した。圌の理論は完党なオナニヌ無害論にはなりきっおいない過枡期的なもので、幌少期のオナニヌを普遍的なこずをし぀぀も、思春期を超えおオナニヌを続けるこずには些かの問題があるずした。*30だがそれは、オナニヌに䌎う空想が神経衰匱やヒステリヌ、䞍安神経症の源泉になるずいう論理であっおオナニヌ自䜓の害は重芖されおいない。たたフロむトずその匟子たちは、青春期の異性愛関係を犁じる瀟䌚の䞍寛容さに匷く反察した。

 䞀方でこの時代にオナニヌ害悪説の牙城ずなったのはもっぱらカ゜リック教䌚であった。1926幎の『カ゜リック神孊蟞兞』では、男色や獣姊ず䞊んで、遺粟ずオナニズムが、十戒の六番目の戒埋に反するものずしお䟝然ずしお倧きく扱われおいる。*31

 1930幎代頃には、オナニヌには心身に察する害がたったくないこずがおおむね医孊界の共通了解ずなった。その決定打ずされおいるのがホルトの論文『子䟛の病気』H.Holt,L&Howland:Diseases of Infancy and Childhood,1940)であり、これによっおオナニヌが有害か吊かずいう議論自䜓がすでに決着が぀いたものずされた。50幎代になるずキンれむ『男性の性行動』(1948)および『女性の性行動』(1953)が出おきお、実際に男女ずも圧倒的倚数の者が思春期にオナニヌをしおいるこずがあきらかになった。いたや「それをしないこずが怪したれ、神経症の嫌疑をかけられる」時代ずなったのである。*32だがキンれむの時点でも男性の玄4分の1はオナニヌに眪悪感を感じ、䜕らかの治療が必芁ず考えおいたずいう。

 

   それ以埌も今日たで、揺り戻し的にオナニヌ有害説は散芋される。それらが医孊的な圱響力を持぀こずはもはやないが、いわば草の根蚀論ずしおはそれなりに指瀺を獲埗した。*33

 むンタヌネットポルノは新しい課題であり、オナニヌ有害説により掗緎されたかたちで光芒を圓おるものである。これに぀いおは以前、䞋の蚘事で些かの怜蚎を加えたこずがある。

 

visco110.hatenablog.com

 

 そういえば最近も、「オナ犁で頭がシャキっずする」ずか「むケメンになる」ずか「宝くじに圓たる」ずいった蚀説を芋かける。それらは叀代から存圚し、ティ゜の『オナニスム』も螏襲しおいるずころの「粟液゚ネルギヌ説」の末裔であるずも取れる。

 

珟代の「オナ犁」蚀説。ちょっずググっただけでこの䜕倍も出おくる。

 

[特別読切] オナ犁゚スパヌ - 竜䞞 | ずなりのダングゞャンプ

 

 むンチキ療法にしおもオナニヌ有害説にしおも、いただに局地戊は続いおいる、ずいったずころか。たあ興味本䜍ずいうか気分転換ずいうか、そういうので軜くやっおみるのはいいんですけどね。
 では今日はこんなずころで(・ω・)

 

 

 

 ※本文が煩雑になるのを避けるために蚻の䜓裁をずりたしたが、本皿は論文ではなくあくたで文化史的゚ッセむなのでそのおんに぀きご了解ください。

*1:石川匘矩『マスタベヌションの歎史』

*2:ディディ゚ゞャック・デュシェ『オナニズムの歎史』

*3: Pierre GarnierLe mariage dans ses devoirs,ses rapports et ses effects conjugaux,(1890)、同曞

*4:ゞャン・スタンゞェアンヌ・ファン・ネック『自慰』

*5:デュシェ、同曞

*6:G・スタンリヌ・ホヌルは『青幎期』Adolessece,1904のなかで、182030幎代のシモンやラルマンずいった医垫の蚀説は「科孊ず蚀うよりは道埳埋の芁請にそったもの」であったず指摘しおいる。このホヌルのコメントに぀いお石川は「叀兞的マスタベヌション芳からの離反を物語るもの」ずしおいる。ただしホヌルもたた過枡的であり、圌はオナニヌを「悪習」ず呌んではばからなかったし、ティ゜に察しおも䞀定の敬意を瀺しおいた。

*7:P.J.-C.Debreyne:Essai sur la theologie morale consideree dans ses rapports avec la physiologie et la medecine.(1844) デュシェ、同曞

*8:ノォルテヌル吉村正䞀郎蚳『カンディヌド』

*9:クロヌド・ケテル『梅毒の歎史』

*10:立川昭二『病気の瀟䌚史』

*11:『病の文化史 䞋巻』所収、ピ゚ヌル・テェむナ「䌝染病の䞖玀」

*12:濱田節郎 『疫病は譊告する』

*13:ロバヌト・ダング゜ンむアン・ショット『危ない医者たち』

*14:H.E.シゲリスト『病気ず文明』によれば、それたでは王䟯貎族や階士の病ずされ「キュピットの矢」「ノィヌナスの投げ槍」ずいった瀟排な仇名が぀けられおいた梅毒が、18䞖玀に入っお、性的に厳栌であり家庭の神聖を匷調するブルゞョアが力を持぀こずによっお激しく非難されるようになったずいう。ちょっず興味深いのは、しかし王䟯貎族に流行する前、ただ䞻に庶民のあいだで流行しおいた16䞖玀半ばたでは、やはり梅毒患者に察する厳しい道埳的批刀があった立川ずいうこずだ。぀たり梅毒患者ぞの非難は、いったん緩和されたあずで再び厳しくなったこずになる。

*15:スティヌノン・マヌカス『もう䞀぀のノィクトリア時代』

*16:Heinrich Zimmern:Hethitische Gesetze aus dem Staatsarchiv von Boghazkoi,1922シゲリスト、同曞

*17:ダング゜ンショット、同曞

*18:Les vices du Peuple:suivis de l'histoire et du traitement des maladies veneriennes(1888)『愛ずセクシュアリテの歎史』所収、ロゞェアンリ・ゲラン「マスタヌベヌション糟匟」

*19:思えば僕が孊生の頃には、男性雑誌の埌ろのほうのペヌゞによく包茎を治すリングずかちんこをでかくするパンツなんかが、高いけれど若者がギリギリ買えるような倀段で売られおいた。あれはこうしたいかさた商法の末裔だろう。

*20:ダング゜ンショット、同曞

*21:マヌカス、同曞

*22:ホヌルは前掲曞のなかで「結婚幎霢が䞊がったこずによっお文明人は野蛮人よりもマスタヌベヌションの悪習に陥りやすい」ずしおいる。

*23:マヌカス、同曞

*24:ここでオナニヌずマスタヌベヌションの埮劙な語矩の違いに泚目しおもよい。マスタヌベヌションは専ら《手》manusで《淫する》sturpareこずを指すが、オナニヌは性行以倖のさざたな手段での射粟を意味する蚀葉である。

*25:モッセ『ナショナリズムずセクシュアリティ 垂民道埳ずナチズム』によれば、近代の反オナニヌを含むセクシュアリティ統制にはナショナリズムの台頭が圱響しおいるずいう。

*26:『珟代思想 特集〈流行病〉の゚ピステヌメ』所収、アラン・コルバン「性病の脅嚁」

*27:同曞

*28:金塚貞文『オナニスムの秩序』。䜙談だが゚リスの『性の心理孊的研究』の邊蚳、『性の心理』党7巻はおそらくゟッキだったのだろう、党囜の叀曞店で安䟡に芋られ、なんずなく蔑芖されおいるがそのじ぀凄い本なのである。こういう埮枩的な蔑芖はフックスやシュトラッツなど性科孊曞党般に芋られるが䞀䜓なんなのか。小汚い䞭幎男性の独居暮らし連想させる、ずでも蚀うのだろうか。

*29:スタンゞェネック、同曞

*30:フロむト『セクシュアリティの理論に関する䞉぀の゚ッセヌ』

*31:デュシェ、同曞

*32:デュシェ、同曞

*33:本皿では詳しく取り䞊げないが、デュシェやゲランの文献に茉っおいるので興味のある方は参照しおください。