やすだ 😺びょうたろうのブログ(仮)

安田鋲太郎(ツイッターアカウント@visco110)のブログです。ブログ名考案中。

殺人現場の食卓/反動形成について

 

 たとえばサスペンス番組で、夫が帰宅したときテーブルにご馳走が並べられていて、夫が上着を脱ぎながら「お、今夜は豪勢だな。なにかあった?」と妻に尋ねたならば、視聴者はかすかに不吉な予感がするだろう。さらに妻が「たまにはこういうのもいいでしょ」と素敵な笑みで返し、夫が風呂に入って一人になったところで何かを決意するような表情をしたとすれば、もう間違いない。夫はその晩のうちに殺されるのだ。

 

 ヘンリー・ボンド『ラカンの殺人現場案内』(原題「LACAN AT THE SCENE」)は、「もしジャック・ラカンが刑事になっていたら、彼は事件解決のために自らの理論をどう活用しただろうか?」という着想に基づき、英国の1955~1970年における殺人事件の資料(とくに現場写真)のラカン的読解を試みたという特異な本である。
 本書ではさまざまな事件が扱われるが、そのなかで、1957年のブラッドフォードで起きた事件には次のような現場写真が残されていた。

 

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 捜査官はひとつの事件にたいし膨大な数の写真をフィルムに収める。したがってこの食卓だけに特別な注意が払われたわけではない。だがラカン刑事(に扮したヘンリー・ボンド)はこの食卓に目を止めた。しばしば、一見なんでもない細部から本質を解き明かすのが彼の流儀である。

 下はその一部分を拡大したものだ。

 

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 この写真にたいしてボンドは次のように述べる。

 

 ギンガムチェックのテーブルクロスを敷いたうえに皿が置かれていて、そこにタンノックのキャラメルウエハースとジェイコブズのマシュマロチョコレートが載っている。このスナックの取り合わせは今ならどうということはないが、事件当時の時代背景を考えると注目に値する。一九五〇年代といえば、まだ豊かな食生活など望むべくもなく、食料雑貨のほとんどがノーブランドで、配給制さえ残っていた時代である。そんな時代のブラッドフォードの労働者の家庭としては、この一皿は驚きである。食事の支度をした妻は夫のために特別の配慮をしたにちがいない。
 (ヘンリー・ボンド『ラカンの殺人現場案内』)

 

 まさに冒頭で述べたような「おっ今夜は豪勢だな。なにかあった?」「たまにはこういうのもいいでしょ」というやりとりが再現されていたとしてもおかしくはない、そういう食卓だという。
 そしてこのテーブルでもてなされた夫は、実際にこの晩、妻によって殺されたのである。

 

 だが、なぜこのようなちぐはぐなことが起きるのか。ボンドは本書のコンセプトに従い、これは精神分析で云うところの「反動形成」であろうと述べる。

 

 食卓の様子はその後の悲劇と相いれないように見えるが、おそらくこれこそが反動形成の痕跡だろう。楽しげな食卓、愛情のこもった妻の手を思わせる食卓、殺意などみじんも感じられない食卓――これを説明するには、実は妻が正反対の感情を抱いていて、それを無意識に隠そう(偽装しよう)としたのだと推測するしかない。
 (同書)

 

 *

 

 反動形成(reaction formation)の概念はよく知られている。

 平均的説明によれば、それは精神分析の中心的概念である防衛機制(defence mechanism)の一つであり、ある受け入れがたい感情(たとえば誰かを激しく憎んでいるなど)を抑圧することによって、その正反対の言動を取ることをいう。
 反動形成は(防衛機制全般に言えることだが)必ずしも精神疾患ではなく、健常者の日常生活にもしばしば見られる。また愛憎だけを扱うわけではなく、他のさまざまな、たとえば「劣等感を持つ人が自信過剰にふるまう」とか「性に強い関心を持つ人が性を蔑視する」、「露出症的傾向を持つ人が羞恥心の強い態度を取る」といったケースにおいても言われる。
 なにしろ抑圧(無意識の領域に押し込める行為)が原因なので本人はなかなか自覚出来ないが、周囲から見ればあきらかに「無理している」「これ見よがし」「~ぶっている」というような、不自然でぎこちない、そして幾らか不快な印象を与えるというので怖いところだ。また周囲が指摘(「本当は〇〇なんじゃないの?」「自分に素直になったほうがいい」等々)しても大抵は反発されるだけで、処置なしといったところである。

 

 この概念の元祖であるフロイトのテクストを少し見てみることにする。『夢判断』には次のような事例が出てくる。

 

 私はかつて種々の心的状態を通過したひとりの若い娘を詳しく調べたことがある。この患者の病気の始まりは躁狂性の錯乱だったが、この状態に陥ると、患者は自分の母親に対する特別の憎悪を現わし、母親がベッドに近づきでもしようものなら、打ったり罵ったりする。
 (フロイト『夢判断』)

 

 大変な暴れようだったという。だが彼女の容態が少し良くなってくると、こんどは母親への過剰な気遣いがあらわれる。

 

 その恐怖症の中でいちばん患者を苦しめたのは、母親の身の上に何事か起きはしないかという恐怖であった。どんなところにいようと、その発作が起こると急いで帰宅し、母の無事をたしかめずにはいられないのである。
 (同書)

 

 これをフロイトは「ヒステリー性の対比物反応および抵抗現象」と呼んでいる。そして「こう見てくると、ヒステリックな少女がなぜしばしば母親のことを異常に気遣うかがよくわかってくると思う」という。

 

 反動形成の概念はとくに性別を限定しないが、どうも女性の事例が多い印象を受ける。フランク・J・ブルノーが採り上げている事例もヴェロニカという女性についてのものであった(内容は上述のフロイトのものとよく似ている)。まあ男であれば社会的あるいは身体的に、さまざまな感情や欲望を抑圧する必要が少ないので当然かも知れない。只、当初はほぼ女性限定に近いニュアンスだったのが、現在に至る過程で徐々に性別的にニュートラルに近づいてきているようには思う。たとえば上司への憎しみを抑圧し慇懃にふるまうといった経験は男性にも身近なものであるし、他にもさまざまな状況が考えられるだろう。

 

 *

 

 反動形成概念には批判もある。それは、ようするに「どっちに転んでも分析者が正しいことになるのではないか?」というものだ。つまり「あなたは母を憎んでいる」と分析者が告げた場合、被分析者が「そうだ」と云えば分析者が正しいことになるし、「そんなことはない」と否定すれば、それもやはり母を憎んでいる証拠となり分析者が正しいことになる、というわけだ。
 これに対し、ブルノーは次のように擁護している。

 

 意識的な観念やそれと結びついた行動に強迫性、硬直性、不安が伴っているときが反動形成なのだと指摘することが出来る。これらの条件は、母親に対するヴェロニカの感情の例に認められた。だから、反動形成という概念は、ヴェロニカの行動をわれわれが理解するうえで役立つというのは正しいように思われる。
 (フランク・J・ブルノー『実例心理学事典』)

 

 なるほど、では強迫性、硬直性、不安の有無はどのように判定しうるのか? それはおそらく「分析者を信頼せよ」という話になるのだろう(我々はそれほどフロイト派精神分析を受ける機会はないわけだが)。反動形成は日常生活にも見られるとか、周囲からはわりとあからさまだと云われているが、だからといって素人が診断を下せるわけではない。さしあたってはそのような心理が存在することと、我々が明確に判定できるどうかはまた別といったところか。

 

 *

 

 最後に、配偶者間や愛人による殺人現場にありがちなことについて、ボンドはこう述べている。

 それは、こうした事件では犯人が死体のそばで泣いていることが少なくないということだ。

 そこにはドラマのような推理は必要ない。ある事例では、殺された妻の死体には枕があてがわれ、傍らには水の入ったコップが置かれていた。妻を殴り殺したあと、我にかえった夫がなんとか生き返ってくれないかと介抱した形跡である。この犯人は事件直後に通りに出て、通りかかった車に「救急車を呼んでもらえませんか。家内が死んでしまったかもしれない」と頼んでいる。そして捜査官の前で、床にうずくまって死体に頭をのせ、泣いた。


 殺したあと、犯人が自分の身体や凶器をきれいに洗うケースがあるという。また死体に布をかぶせたり、血を洗い流したり、着替えさせ、ソファーに座らせたりベッドに寝かせて枕をあてがうこともある。これらはすべて、証拠の隠匿というよりも殺害をなかったことにしたい、なんとか取り消したいという感情の表現なのだという。

 抑圧された憎しみが増大し、防衛機制は決壊する。突然嵐のような憤怒が沸き起こり、我を忘れて対象を殺害する。そして気がつくと、そこには死体と、憎しみが去ったあとの空虚な自分だけがいる。
 殺したあとに「愛していたんだ」とはなんと陳腐な言い草だろう。たとえそれが、どれだけ犯人にとって切実な叫びだったとしても。そうなってしまう前に、何か手を打つべきだったことは言うまでもない。

 

 念のために尋ねますが、あなたの周囲の人は大丈夫ですか?

 失礼、もちろん大丈夫ですね。

  

ラカンの殺人現場案内

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夢判断 上 (新潮文庫 フ 7-1)

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夢判断 下 (新潮文庫 フ 7-2)

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実例 心理学事典

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  このブログ記事を書くにあたっては複数の辞典類を参考にしたが、さしあたって次の一つだけを挙げる。 

精神医学事典

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