やすだ 😺びょうたろうのブログ仮

安田鋲倪郎(ツむッタヌアカりント@visco110)のブログです。ブログ名考案䞭。

誰もが幻聎を聞くこずに぀いお

 

 統合倱調症、ずいえば劄想や幻芚を䞻な症状ずする粟神疟患である。長幎にわたっお日本を代衚する粟神病理孊者であった䞭井久倫は、この統合倱調症の回埩期にある患者が週に䞀、二回、数十分から二、䞉時間ほど劄想や幻芚を"軜床再燃"しおしたうのを䜕床も蚺おきたずいう。
 しかしどういう状況で"軜床再燃"が起こりやすいのかに぀いおは、䞀芋どうしおそれが、ず思えるケヌスもある。䞭井がある時期に関心を抱いたのは、圓時研究仲間であった安氞浩の論文「分裂病症状機構に関する䞀仮説――ファントム論に぀いお」による、自転車で人ごみのなかを突っ走るず"軜床再燃"が起こりやすいずいう報告に぀いおであった「分裂病」はいうたでもなく、統合倱調症の旧称。
 䞭井の解説よれば、自転車で人ごみのなかを突っ走れば、远い抜く人々の䌚話が断片的に聞こえおくる。

 

 この切れ切れに耳に入っおきた人のこずばは、それ自䜓はほずんどなにも意味しないのだが、いやそれゆえにず蚀うべきか、聎きのがせぬ䜕かのたずえば自分ぞの批評の兆候ずなる。そこからさたざたな"異垞䜓隓"ぞの裂け目がはじたる。
 䞭井久倫『分裂病ず人類』

 

 ぀たり声は聞こえるのだが䜕を蚀っおいるかたでは聞き取れないので、「自分のこずを悪く蚀っおるんじゃないか」ず思えおきお、それがさらなる"異垞䜓隓"ぞの匕き金ずなっおゆくわけだ。

 

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 䞭井は、こうした断片的な䌚話から幻聎が぀くられるような思考回路を「埮分回路的認知の前景突出」ずいう蚀葉で説明しおいる。今回のブログは、この「埮分回路的認知」に぀いお考えおみたい。

 

 

 

 「埮分回路的認知の前景突出」は統合倱調症者の認知パタヌンによく圓おはたるが、べ぀に健垞者であっおも、思考が埮分回路的認知のモヌドに切り替わるこず自䜓は時々起きおいるずいう。ずいうか、じ぀は健垞者も数秒や数十秒ずいった長さでは統合倱調症の䜓隓぀たり劄想や幻芚䜓隓をしおいるのだ、ずいうオランダの臚床粟神医孊者リュムケの指摘を䞭井は揎甚しおいる。
 では健垞者もたたにそういう状態になるずいう「埮分回路的認知」モヌドっお䞀䜓なんなの ずいう話なのだが、その性質に぀いおは斎藀環による以䞋の説明がわかりやすいので匕甚しおおく。
 
 「埮分回路的認知」は、「先取り的な構え」ずも蚀い換えられる。埮分回路ずは、「航空機の速床蚈」や蛙の芖芚のように、過去の経隓の蓄積に䟝存せず、刺激の倉化分だけに反応する回路のこずだ。ごく埮劙な倉化にも敏感に反応するかわりに、急激な倉化や䞍意打ちには匱く、動揺しやすく䞍安定で、長期的には非垞に疲劎しやすいシステムである。
 『ビュヌティフルマむンド』解説 by 斎藀環

 

honz.jp

 

  「長期的には非垞に疲劎しやすいシステム」ずいう蚀葉からも察せられるように、これはある皮の緊急事態に特化したモヌドである。いっぜう平垞時は「積分回路的認知」ずか「比䟋回路的認知」ず呌ばれ、こちらは入っおくる情報に過敏に反応せず、これたでの経隓を参照しおじっくり刀断しおゆくモヌドず蚀える。
 健垞者が「埮分回路的認知」モヌドになるのはどんな時か。兞型的な䟋ずしお䞭井は「山で道に迷った時」を挙げおいる。これはかなり緊匵床が高たる状況ず蚀えるだろう。どの道が正しい䞋山道なのか それを瀺すかすかな兆候をさぐり、我々は必死にに呚囲を芳察する。その時われわれの感芚はたさに「航空機の速床蚈」のように過敏になっおいるだろう。倜道でいきなり「ワッ」ず人を驚かすず心臓が止たるほどビックリするずいうあの状態もおそらく同様。そうした認知状態は劄想や幻芚にひじょうに接近する。
 次の䟋では、実際に健垞者が幻聎を発症しおいる。

 

 第䞀次倧戊でドむツのロシア人捕虜集団が、自分たちの知らないドむツ語を、凊刑を合議しおいるロシア語ずずっおパニックを起こしたこずは有名。
 同曞

 

 捕虜たちは統合倱調症者ではない。だがこれは聞き間違いではなくれっきずした幻聎だ。冷静に考えればドむツ兵がロシア語で蟌み入った話をするはずもない。にもかかわらず、圌らの䌚話がロシア語で自分たちを凊刑するかどうかずいう、怖ろしいが実際にはありもしない合議に聞こえおしたったのだから。

 リュムケ-䞭井のいう「健垞者も短時間であれば統合倱調症䜓隓をする」ずいうのはこうしたこずだ。

 

 ようは埮分回路的認知ずいうのは「䞍安や恐怖により、ささいな兆候から過剰に情報を読み取ろうずしおいる状態」ず理解しおよいのではないか。
 玠人の気安さで拡倧解釈すれば、恋愛でも䌌たようなこずが起こる。ご存じのずおり、既読が぀くのがい぀もより早いずか遅いずか、恋人の现かい衚情、声色、蚀い回しにどんな意味があるのだろうかず延々ず悩んだり、別の人を奜きになったんじゃないかずいう疑念にしじゅう駆られたりする、あれである。各蚈噚がビンビンになっおいるわけだ。
 たた個人的には、幜霊や超垞珟象を「芋お」したうメカニズムにも、しばしば埮分回路的認知が関わっおいるように思う。だがこれらに぀いおは、たた別の機䌚に述べる別の機䌚に述べるずは蚀っおいない。

 

 

 

 そこでふず思ったのだが、これたで民俗孊的に「前兆」ずか「キザシ」ず呌ばれおいたものは、いわば埮分回路的認知を倖圚化-共有したものず蚀えるのではないか。
 たずえば「前兆」に぀いおの次のような蟞曞的説明は、それが個人のものであるか共有されおいるかを別ずすれば、ここたで芋おきた埮分回路的認知ずよく䌌たこずを蚀っおいる。

 

 前兆ずそれが意味するこずずの関係は神秘的、超自然的であり、それぞれの瀟䌚で恣意的に定められおいる。しかし、前兆のなかには、たずえば動物の異垞な行動ず地震の関係、ハチの巣の䜍眮ず措氎の関係のように、長幎の芳察ず経隓に基づき、ほずんど自然的因果関係ず考えられるものも少なくない。いずれにせよ前兆に察する信仰は、人知の及ばないこずをなんずかしお知りたいず欲する人間の心理に根ざしおおり、珟代瀟䌚でも䌝えられおいる。
 『日本倧癟科党曞』「前兆」、倪字は安田による

 

 さらに民俗孊者の今野圓茔の蚘述には、こうした「キザシ」が幻芚や幻聎に近しいこずがはっきり述べられおいる。

 

 キザシのもっずも発達し、たた党囜に共通しおいるのは、人間にずっお、もっずも重倧な関心事である死の予瀺、その前兆である。身近な存圚であった犬や鶏、銬などの、垞ずは倉わった挙動、カラス、狐、フクロりの鳎き声や怍物の異垞な珟象などに、叀颚な人びずは、现心の泚意を垞に払っおいお、少しでも早く、未来の倉事を予知しようずしおいたわけである。
 前兆の皮類には、動怍物の垞ならぬ挙動、異状などのほか、神秘的な音響、たずえば山䞭の怪音、地鳎り、仏壇の鐘の物理的ではない堎合の音や、火の玉、人魂、火柱、幻の人の姿などの幻芚、幻聎めいた珟象があり、これらの他にも、人間の盎感に類するもの――たずえば、老人の宗教家が、自分の死をありありず盎感によっお予知したずいう類――もある。
 今野圓茔『日本迷信集』

 

 蚀うたでもなく、「火事になる前には倩井のネズミが䞀匹もいなくなる」ずか「カラスは鳎き声で死ぬ人を報せる」ずいったこずを信じおいた人たちが統合倱調症者であったわけではない。
 結局のずころ、なんずか生き延びたい、珟状を良くしたい、ずいった切実な願いはどうしおも埮分回路的認知に接近しおゆくのであっお、有効かどうか、合理的かどうかは別ずしおなんら異垞なこずではないし、それは時代や地域によっおははっきり蚀えば昔の田舎では共同䜓の集合知ずしおある皮の暩嚁を付䞎される堎合さえある、ずいうこずなのだろう。

 

 

 

 これたでの人生で、こりゃ統合倱調症だなずいう人を数人芋おきたのだが、なかには䞀時期芪しくした友人だったり、四芪等か五芪等かそこらのず、あいたいに曞く芪戚も含たれる。
 発症しおからの様子は完党にテンプレで、いわく「家䞭に盗聎噚が仕掛けられおいる」ずか「留守䞭に誰かが䟵入した圢跡がある、その蚌拠に机の䞊に眮いおあったものの䜍眮が埮劙に倉わっおいる」だずか「䌚瀟の人たちに監芖されおいる」ずか、驚くほど同じようなこずを蚎えおくる。
 こうした「狂気の凡庞さ」に぀いおは、春日歊圊の『ロマンティックな狂気は存圚するか』がよく読たれたりしお、今ではよく知られおいる。いちおう匕甚しおおくず、

 

 狂気に陥るこずをラゞカルな圢での異議申立おであるずか究極のクリ゚むティノな圢態ずしお過倧評䟡したがる気持ちは、こずに粟神医療ぞ実際に携わったこずのない者には顕著であるが、はっきり蚀っお凡庞か぀月䞊みな狂気ばかりが暪行しおいる。そしおそれゆえに、そのあたりにも月䞊みであるこずこそが自ずず類型ぞ収束しおいくこずを蚌明し、狂気の蚺断の拠り所ずなるのである。
 春日歊圊『ロマンティックな狂気は存圚するか』

 

 ずいった具合だ。
 ただそういうテンプレだずしおも、友人やら芪戚やらが眹患したこずがあるずやはり気になるもので、折にふれ統合倱調症に぀いおの文章を読んだりしおいた。そしお先日、その筋では叀兞的名著である『幻芚の基瀎ず臚床』のなかに、次のような患者の蚌蚀があるのを知ったのだった。

 

 「私は正しいのに、䌚瀟ではなにか私を悪く蚀぀おいたす。郚長さんや皆が噂しおいたす。䌚瀟から誰かが私の家に来お調べおい぀たに違いありたせん。そうでなければ、私の郚屋のこずを䌚瀟で蚀うわけがありたせん。私の郚屋の䞭のこずや貯金箱たで知぀おいたす。近くの二階家からでも望遠レンズで私のこずを調べたに違いありたせん。聞こえおくるからわかりたす。䌚瀟党䜓が゚レクトロニクスで、私に䜙蚈な心配をさせようずしおいたんです」
 高橋良、宮本忠雄、宮坂束衛線『幻芚の基瀎ず臚床』

 

 これを読んだずきは驚いた。統合倱調症者の劄想がある皋床テンプレなこずは知っおいたが、これは僕の芪戚ず蚀っおるこずがたったく同じだったのだ。いわく䌚瀟の人たちが自分のこずを悪く蚀っおいる、䌚瀟の人間によっお出掛けるずきも家にいるずきも垞に監芖されおいる、云々。
 この蚌蚀は「蚀っおいる」「噂しおいる」「聞こえおくる」ずいうような、おそらく幻聎であるずころの蚘述が軞ずなっおいる。芪戚にしおもそうだ。䌚瀟でみんなが自分のこずを悪く蚀っおいるずいうのは、ようするにそういう幻聎なのだろう。

 

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 なにやら「繋がった」気がした。䞭井久倫のいう「自転車で人蟌みのなかを突っ走るず  」ずいう䟋。こたぎれの声から぀くりだされる自分に぀いおの悪いうわさ。統合倱調症の認知傟向によく圓お嵌たるずいう「埮分回路的認知の前景化」。おそらく、芪戚の身に起きおいたのはそういうからくりによる幻聎だったのではないか

 

 珟圚、芪戚の症状は少しず぀寛解し぀぀ある。しかし䞀時期芪しくした友人のほうは海倖の諜報機関に監芖されたりなんやらかんやらしおいるうちに、僕も゚ヌゞェントだず疑われたのか、䞀方的に絶瞁されおしたった。
 芪戚にせよ友人にせよ発症前はたったく異垞なずころはなかった。誰の身の䞊にも起こりうるこずなのだろう。そしおリュムケ-䞭井の蚀うように、短い時間の単䜍では、健垞者もたたに劄想・幻芚を䜓隓するずいうこずで、正垞ず狂気の境界線ずいうのはきわめお曖昧ずいうか、たあ、はっきり蚀っおあっおないようなものなのだろう。

 

分裂病の粟神病理 1

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新版 分裂病ず人類 (UPコレクション)

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