ダグラス・クープランド『ジェネレーションX』といえば、90年代アメリカを代表するカルトノベルの雄だ。
これは同国における”X”世代(日本でいう「しらけ世代」「新人類」に該当する)の青春小説であると同時に、リキテンシュタイン風のイラストやアフォリズム、また欄外に”X”世代独特のスラングを多数記載しており、付録精神たっぷり、それらを眺めているだけでも楽しめる本である(このへん、どうしても巻末の解説に似てしまうのだが、他に書きようがないので仕方がない)。
- 作者: ダグラスクープランド,Douglas Coupland,黒丸尚
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 1992/08
- メディア: 単行本
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原著は91年刊行。
このブログでは、その欄外のスラングの一部分を紹介しようと思う。
いつの時代も、新しい言葉はそれまで見えなかった事象や心を可視化する。とくに若い世代の言葉は、「これがわたしたちだ!」ということを強烈にアピールすると同時に、多かれ少なかれ、言葉を共有しない他者(おおむね上の世代)を排除する傾向を持つ。
なぜ尖らざるを得ないのか。おそらくは、そうした言葉の多くが既存の世相への違和感を土台にしているためだろう。だからこそ、その鋭い毒やアイロニーが人を惹きつけもする(中にはうねうねしていてまったく鋭くないものもあるけれど)。”X”世代のスラングもそうしたものである。
さて前置きはこのくらいにして、さっそく見てゆこう(以下青字は『ジェネレーションX』からの引用)。
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【マックジョブ】
サーヴィス分野における、低賃金、低地位、低恩恵、未来なしの仕事。満足できる職業をもったことのない人にとっては、しばしば満足すべき職業選択と考えられている。
マックジョブにも良いところはある。すぐ就職できるしすぐ先輩になれる。尊敬と責任という重荷を負うこともない(ただし責任だけを負う場合はある)。やめるのも上司に告げるだけでとても簡単。あるいはこちらから告げずとも、しばしば思いも寄らぬタイミングで自由の身にしてもらえる。
【二十代中期挫折】
ニ十歳代にありがちな、精神的にくじける時期。原因はたいてい、学校あるいは組織化された環境の外では機能できないことに加えて、世間では自分が一人ぼっちだということに気づくこと。しばしば薬物使用という儀式に加わることになる。
ミュージシャンになりたい、俳優になりたい、小説家になりたい……といった夢もだいたいこの時期にくじける。ここから気をとりなおし、身近な幸せに目を向けてゆけるか、絶望して人生消化試合になるか、あるいは「挫折」自体を先送りするか(もう一年だけ頑張ってみよう!)、究極の三択。
【地位代替】
知的な、あるいはファッショナブルな意味をもつ物品を使って、単に高価なだけの物品に代替させること。「ブライアン、あなた、お兄さんのBMWにカミュの本を忘れたでしょ」
ツイッターでもことさら難解な本の写真を載せたり、「〇〇主義は~」とか呟いてる若者いますね(もちろん中には本物の秀才もいるけれど)。
【目立ちミニマリズム】
"地位代替"と似たライフ-スタイル戦略。物質的な所有物がないことを見せびらかして、倫理的知性的な優位の証拠とする。
鹿島茂の「ドーダ理論」みたいになってきた。元は東海林さだおが言い出したらしいが、歴史のあらかたは「陽ドーダ」と「陰ドーダ」の争いで説明できるというあれ。こういう自意識は、まったくないのも困るけれど、だからといって内実を置き去りにしたマウンティング合戦になっても困る。
【基礎講座趣味】
人生のあらゆる側面を、生かじりのポップ心理学を道具に使って、たいていは詳細にわたって解剖する傾向。
昔、Hという知人が専門学校で心理学の授業を受けたらしく、「おれは心理学を学んだから人の心がわかる」と豪語した。そして「吊り橋効果を利用しろ」とか「女の子の目をじっと見て女の子の言葉をおうむ返しにすれば、その子はお前のことが好きになる」などと説き、周囲の童貞の尊敬を集めていた。
【反抗延期】
伝統的に若者らしい活動とか芸術的体験を、若いときに避けて、まじめに職業経験を積もうとする傾向。ときどき、その結果として、三十歳あたりで若さが失われたことを嘆き、ついには莫迦な髪形や、高価でジョークの種になる衣装に走る。
似たようなことで、「若いうちに遊んでおかないといい齢になって風俗や悪い女にハマる」とよく言うけどあれって本当ですかね。ちょっと因果関係が明解すぎる気がしますが。
いずれにせよ青春の負債はよくないという。後から取り戻そうとすると利息が膨らんでおり非常に高くつく。時にはとうてい贖えないほどに。
【もじもじ】
自分の振る舞いに何の疑問ももたいない齢上の人々が、若い人々にもたらす居心地の悪さ。「カレンは千回も死んだような気分になった。父親が、最近作られたばかりのワインを大袈裟にテイスティングしてから、ようやく家族に注がせたからだ。その場所も〈ステーキ・ハット〉」
うちの父もやる。
スーパーの800円程度のワインでもいちいち香りをかぎ……いや香りを嗅ぐのはいいのだが、そのつど感慨深げに「ハワイの夜空の流れ星のような香り」とか言い出すのだ。流れ星の香りを嗅げるほど近付いたらたぶん死ぬ。
さらに一口含み、いわく「闘牛場の血の沁み込んだ土のような味」、食べたことあるのか。
……けれど、親が産み育ててくれなかったら小馬鹿にしている自分もこの世に存在しないのも、また真実である。
【人格納税義務】
カップルになることの代償――以前は面白かった人間が退屈になる。「ご招待ありがとう。でもノリーンとぼくは今後、食器カタログを見ることになってるんだ。そのあとは、ショッピング・チャンネルを観るつもり」
僕はこれを間違って記憶していて、フルタイムで働いている人、あるいは子供が生まれた人が人間的に面白くなくなってしまうことを、そうでない人たちが自嘲気味に云う言葉(自分たちは人格税を払っていない)だと思っていた。改めて読んだらかなり違っていた。
【ゴミ箱時計】
品物を見たとき、それが分解するまでに、どれぐらいの時間がかかるか当てずっぽうを言ってしまう傾向。「スキー・ブーツが最悪だよ。丸ごとプラスティックだもの。太陽が超新星になるまで残ってる」
昔、Hという知人がタバコをポイ捨てしたので注意したら、「タバコは自然に還るからいいんだ」と反論してきた。タバコが自然に還るまでどのくらいかかるかは知らないが、まずお前が自然に還れと思った。
【巣削り】
親が、子供たちが独立したあと、より小さくて客間のない家に移る傾向。これによって、二十代や三十代になって家にブーメランしてくる子供を避ける。
これは以前ブログで一度引用した。
英語圏には「Life begins at the 40」(人生は40から)という慣用句がある。子供たちのブーメランを許さないのは、個人主義とか独立精神といった価値観の問題ではなく、自分たちが第二の人生を楽しむためなのではないかと思っている。
【反射性皮肉】
日常会話において、反射的に当たり前のように軽率に、皮肉なコメントを述べてしまう傾向。
【あざけり先制】
ライフ-スタイル戦術。同輩にからかわれることを避けるために、いかなる形でも感情的に窮地に立たされまいとすること。あざけり先制こそ、反射的皮肉の主要なゴールである。
時々いますね。過剰に「からかわれたくない」がゆえに、常に率先してからかう、皮肉や斜に構えたようなことばかり言う人。料理で例えるならスパイスが主食になっているようなもので、とても食えたもんじゃない。
まあこれも若気の至りと思えばどこかしら可愛げもあるでしょう。いい齢になってもやってるのは困るけれど。
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以上、『ジェネレーションX』における”X”世代のスラングを、ごく一部ではあるが紹介した。
スラングといえば、今週知った言葉でも「童貞芸」とか「ローアングラー」とか、色々驚かされるものがある。時折ネットでそういったものを漁って過ごしてしまうが、なかなか面白いものが多く、あながち時間の無駄とも言えない。
- 作者: ダグラスクープランド,Douglas Coupland,黒丸尚
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